小野の雪・伊勢物語

[ 小野の雪 ]

敬意の方向はすべて「筆者から惟喬親王へ」です。

昔、水無瀬に通ひ給ひし惟喬の親王、
昔、水無瀬にお通いになった惟喬の親王が、
・昔 … 名詞
・水無瀬(みなせ) … 名詞
・に … 格助詞
・通ひ … ハ行四段活用の動詞「通ふ」の連用形
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形、尊敬の補助動詞
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・惟喬親王(これたかのみこ) … 名詞

例の狩りしにおはします供に、
いつものように狩りをしにおいでになる供として、
・例 … 名詞
○例 … 通例
・の … 格助詞
・狩り … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・に … 格助詞
・おはします … サ行四段活用の動詞「おはします」の連体形、「行く」の尊敬語
・供 … 名詞
・に … 格助詞

馬頭なる翁つかうまつれり。
右馬寮の長官である翁がお仕え申し上げていた。
・馬頭(うまのかみ) … 名詞
○馬頭 … 宮中の官馬を管理した馬寮の長官
・なる … 断定の助動詞「なり」の連体形
・翁(おきな) … 名詞
・つかうまつれ … ラ行四段活用の動詞「つかうまつる」の命令形、「仕ふ」の謙譲語
・り … 完了の助動詞「り」の終止形

日ごろ経て、宮に帰り給うけり。
何日かたって、御殿にお帰りになった。
・日ごろ … 名詞
・経 … ハ行下二段活用の動詞「経」の連用形
・て … 接続助詞
・宮 … 名詞
○宮 … 皇族の住居
・に … 格助詞
・帰り … ラ行四段活用の動詞「帰る」の連用形
・給う … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形、尊敬の補助動詞(音便)
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

御送りして、とく往なむと思ふに、
お送りして、早く帰ろうと思っているのに、
・御送り … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・とく … 副詞
・往(い)な … ナ行変格活用の動詞「往ぬ」の未然形
○往ぬ … 立ち去る
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・に … 接続助詞

大御酒給ひ、禄給はむとて、つかはさざりけり。
お酒を下さり、ご褒美を下さろうとして、お帰しにならなかった。
・大御酒(おおみき) … 名詞
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形、「与ふ」の尊敬語
・禄(ろく) … 名詞
○禄 … 褒美
・給は … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の未然形、「与ふ」の尊敬語
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・とて … 格助詞
・つかはさ … サ行四段活用の動詞「つかはす」の未然形、「遣る」の尊敬語
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

この馬頭、心もとながりて、
この右馬寮の長官は、じれったく思って、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・馬頭 … 名詞
・心もとながり … ラ行四段活用の動詞「心もとながる」の連用形
○心もとながる … 待ち遠しく思う
・て … 接続助詞

枕とて草ひき結ぶこともせじ
枕として草をひき結ぶ旅寝もしないつもりです。
・枕 … 名詞
・とて … 格助詞
・草 … 名詞
・ひき結ぶ … バ行四段活用の動詞「ひき結ぶ」の連体形
・こと … 名詞
・も … 係助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・じ … 打消意志の助動詞「じ」の終止形

秋の夜とだに頼まれなくに
秋の夜長のように頼みにもできないのだから。
・秋 … 名詞
・の … 格助詞
・夜 … 名詞
・と … 格助詞
・だに … 副助詞
・頼ま … マ行四段活用の動詞「頼む」の未然形
・れ … 可能の助動詞「る」の連用形
・な … 打消の助動詞「ず」の未然形
・く … 接尾語
・に … 格助詞
~なくに … ~ないのだから

と詠みける。
と詠んだ。
・と … 格助詞
・詠み … マ行四段活用の動詞「詠む」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形

時は三月のつごもりなりけり。
時は三月の末だった。
・時 … 名詞
・は … 係助詞
・三月(やよい) … 名詞
・の … 格助詞
・つごもり … 名詞
○つごもり … 月の末
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

親王、大殿籠らで明かし給うてけり。
親王は、おやすみにならないで、夜を明かしておしまいになった。
・親王 … 名詞
・大殿籠(おおとのごも)ら … ラ行四段活用の動詞「大殿籠る」の未然形、「寝る」の尊敬語
・で … 接続助詞
・明かし … サ行四段活用の動詞「明かす」の連用形
・給う … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形、尊敬の補助動詞(音便)
・て … 完了の助動詞「つ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

かくしつつ、まうでつかうまつりけるを、
このようにしながら、参上してお仕え申し上げていたのに、
・かく … 副詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・つつ … 接続助詞
・まうで … ダ行下二段活用の動詞「まうづ」の連用形、「行く」の謙譲語
・つかうまつり … ラ行四段活用の動詞「つかうまつる」の連用形、「仕ふ」の謙譲語
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 接続助詞

思ひのほかに、御髪下ろし給うてけり。
思いがけず、御髪を下ろしてしまわれた。
・思ひのほかに … ナリ活用の形容動詞「思ひのほかなり」の連用形
○思ひのほかなり … 予期しないさま
・御髪(みぐし) … 名詞
・下ろし … サ行四段活用の動詞「下ろす」の連用形
○下ろす … そり落とす
・給う … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形、尊敬の補助動詞(音便)
・て … 完了の助動詞「つ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

正月に拝み奉らむとて、小野にまうでたるに、
正月にお目にかかろうと思って、小野に参上したところ、
・正月(むつき) … 名詞
・に … 格助詞
・拝み … マ行四段活用の動詞「拝む」の連用形、「見る」の謙譲語
・奉ら … ラ行四段活用の動詞「奉る」の未然形、謙譲の補助動詞
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・とて … 格助詞
・小野 … 名詞
・に … 格助詞
・まうで … ダ行下二段活用の動詞「まうづ」の連用形、「行く」の謙譲語
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・に … 接続助詞

比叡の山の麓なれば、雪いと高し。
比叡山のふもとなので、雪がとても高く積もっている。
・比叡(ひえ) … 名詞
・の … 格助詞
・山 … 名詞
・の … 格助詞
・麓 … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞
・雪 … 名詞
・いと … 副詞
・高し … ク活用の形容詞「高し」の終止形

強ひて御室にまうでて拝み奉るに、
無理して、ご庵室に参上してお目にかかると、
・強ひて … 副詞
○強ひて … むりやりに
・御室(みむろ) … 名詞
・に … 格助詞
・まうで … ダ行下二段活用の動詞「まうづ」の連用形、「行く」の謙譲語
・て … 接続助詞
・拝み … マ行四段活用の動詞「拝む」の連用形、「見る」の謙譲語
・奉る … ラ行四段活用の動詞「奉る」の連体形、謙譲の補助動詞
・に … 接続助詞

つれづれと、いともの悲しくておはしましければ、
所在なさそうで、ひどくもの悲しい様子でいらっしゃったので、
・つれづれと … 副詞
○つれづれと … 手持ちぶさたで
・いと … 副詞
・もの悲しく … シク活用の形容詞「もの悲し」の連用形
・て … 接続助詞
・おはしまし … サ行四段活用の動詞「おはします」の連用形、「あり」の尊敬語
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

やや久しく候ひて、古のことなど思ひ出で聞こえけり。
少し長い間お側にいて、昔のことなどを思い出しお話し申し上げた。
・やや … 副詞
・久しく … シク活用の形容詞「久し」の連用形
・候(さぶら)ひ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連用形、「あり」の謙譲語
・て … 接続助詞
・古(いにしえ) … 名詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・など … 副助詞
・思ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「思ひ出づ」の連用形
・聞こえ … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

さても候ひてしがなと思へど、公事どもありければ、
そのままお側にいたいものだと思ったが、宮中の行事があったので、
・さても … 副詞
・候ひ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連用形、「あり」の謙譲語
・てしがな … 終助詞
・と … 格助詞
・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の已然形
・ど … 接続助詞
・公事(おおやけごと)ども … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

え候はで、夕暮れに帰るとて、
お側にいることができないで、夕暮れに帰るといって、
・え … 副詞
え(~打消) … ~できない
・候は … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の未然形、「あり」の謙譲語
・で … 接続助詞
・夕暮れ … 名詞
・に … 格助詞
・帰る … ラ行四段活用の動詞「帰る」の終止形
・とて … 格助詞

忘れては夢かとぞ思ふ
ふと現実を忘れて夢ではないかと思います。
・忘れ … ラ行下二段活用の動詞「忘る」の連用形
・て … 接続助詞
・は … 係助詞
・夢 … 名詞
・か … 係助詞・疑問
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形(結び)

思ひきや雪踏み分けて君を見むとは
思ったでしょうか、雪を踏み分けて親王にお目にかかろうとは。
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・き … 過去の助動詞「き」の終止形
・や … 係助詞・反語
・雪 … 名詞
・踏み分け … カ行下二段活用の動詞「踏み分け」の連用形
・て … 接続助詞
・君 … 代名詞
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・は … 係助詞

とてなむ、泣く泣く来にける。
と詠んで、泣く泣く帰って来たのだった。
・とて … 格助詞
・なむ … 係助詞・強調
・泣く泣く … 副詞
・来 … カ行変格活用の動詞「来」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

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