伴大納言の事・宇治拾遺物語

これも今は昔、伴大納言善男は佐渡の国の郡司が従者なり。
これも今では昔のこと、伴大納言善男は佐渡国の郡司の家来である。
・これ … 代名詞
・も … 係助詞
・今 … 名詞
・は … 係助詞
・昔 … 名詞
・伴大納言善男(とものだいなごんよしお) … 名詞
・は … 係助詞
・佐渡(さど)の国 … 名詞
・の … 格助詞
・郡司(ぐんじ) … 名詞
・が … 格助詞
・従者(ずさ) … 名詞
○従者 … 家来
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

かの国にて、善男夢に見るやう、
その国で、善男が夢に見たことには、
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・国 … 名詞
・にて … 格助詞
・善男 … 名詞
・夢 … 名詞
・に … 格助詞
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
・やう … 名詞

西大寺と東大寺とを跨げて立ちたりと見て、妻の女にこの由を語る。
西大寺と東大寺とをまたいで立っていると見て、妻女にこのことを語る。
・西大寺(さいだいじ) … 名詞
・と … 格助詞
・東大寺 … 名詞
・と … 格助詞
・を … 格助詞
・跨(また)げ … ガ行下二段活用の動詞「跨ぐ」の連用形
・て … 接続助詞
・立ち … タ行四段活用の動詞「立つ」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の終止形
・と … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
・妻 … 名詞
・の … 格助詞
・女(め) … 名詞
・に … 格助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・由(よし) … 名詞
 … 事情
・を … 格助詞
・語る … ラ行四段活用の動詞「語る」の終止形

妻のいはく、「そこの股こそ裂かれんずらめ。」と合はするに、
妻の言うには、「あなたの股が裂かれようとするのでしょう。」と夢合わせをするので、
・妻 … 名詞
・の … 格助詞
・いはく … 連語、言うことには
○いは … ハ行四段活用の動詞「いふ」の未然形
○く … 接尾語
・そこ … 代名詞
・の … 格助詞
・股 … 名詞
・こそ … 係助詞
・裂か … カ行四段活用の動詞「裂く」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の未然形
・むず … 推量の助動詞「むず」の終止形
・らめ … 現在推量の助動詞「らむ」の已然形
・と … 格助詞
・合はする … サ行下二段活用の動詞「合はす」の連体形
○合はす … 夢合わせをする
・に … 接続助詞

善男驚きて、よしなきことを語りてけるかなと恐れ思ひて、
善男は驚いて、つまらないことを語ってしまったなあと恐ろしく思って、
・善男 … 名詞
・驚き … カ行四段活用の動詞「驚く」の連用形
・て … 接続助詞
・よしなき … ク活用の形容詞「よしなし」の連体形
よしなし … つまらない
・事 … 名詞
・を … 格助詞
・語り … ラ行四段活用の動詞「語る」の連用形
・て … 強意の助動詞「つ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・かな … 終助詞
・と … 格助詞
・恐れ … ラ行下二段活用の動詞「恐れる」の連用形
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞

主の郡司が家へ行き向ふ所に、郡司きはめたる相人なりけるが、
主人の郡司の家に出向いたところ、郡司はこの上もない人相見であったが、
・主(しゆう) … 名詞
・の … 格助詞
・郡司 … 名詞
・が … 格助詞
・家 … 名詞
・へ … 格助詞
・行き向かふ … ハ行四段活用の動詞「行き向かふ」の連体形
○行き向かふ … 出向く
・所 … 名詞
・に … 格助詞
・郡司 … 名詞
・きはめたる … 連体詞
○きはめたる … この上もない
・相人(そうにん) … 名詞
○相人 … 人相を見る人
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・が … 接続助詞

日ごろはさもせぬに、殊の外に饗応して、円座取り出で、
普段はそんなことをしないのに、格別にご馳走をして、円座を取り出して、
・日ごろ … 名詞
○日ごろ … いつも
・は … 係助詞
・さ … 副詞
・も … 係助詞
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・ぬ … 打消の助動詞「ず」の連体形
・に … 接続助詞
・殊(こと)の外(ほか)に … ナリ活用の形容動詞「殊の外なり」の連用形
○殊の外なり … 格別である
・饗応(きようおう)し … サ行変格活用の動詞「饗応す」の未然形
・て … 接続助詞
・円座(わらふだ) … 名詞
・取り出で … ダ行下二段活用の動詞「取り出づ」の連用形

向かひて召しのぼせければ、善男怪しみをなして、われをすかしのぼせて、
向かって呼び寄せ座らせたので、善男は不思議に思って、自分をだまし座らせて、
・向かひ … ハ行四段活用の動詞「向かふ」の連用形
・て … 接続助詞
・召し … サ行四段活用の動詞「召す」の連用形
召す … 呼び寄せる
・のぼせ … サ行下二段活用の動詞「のぼす」の連用形
○のぼす … 高い所へあげらせる
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・善男 … 名詞
・怪しみ … 名詞
○怪しみ … 不思議に思うこと
・を … 格助詞
・なし … サ行四段活用の動詞「なす」の連用形
・て … 接続助詞
・我 … 代名詞
・を … 格助詞
・すかし … サ行四段活用の動詞「すかす」の連用形
○すかす … だます
・のぼせ … サ行下二段活用の動詞「のぼす」の連用形
・て … 接続助詞

妻の言ひつるやうに股など裂かんずるやらんと恐れ思ふ程に、
妻が言ったように股などを裂こうとするのだろうかと恐ろしく思っていると、
・妻 … 名詞
・の … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・やうに … 比況の助動詞「やうなり」の連体形
・股 … 名詞
・など … 副助詞
・裂か … カ行四段活用の動詞「裂く」の未然形
・むずる … 推量の助動詞「むず」の連体形
・やらん ⇒ にやあらん、~だろうか
○に … 断定の助動詞「なり」の連用形
○や … 係助詞・疑問
○あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
○ん … 推量の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・恐れ … ラ行下二段活用の動詞「恐る」の連用形
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・程 … 名詞
・に … 格助詞

郡司がいはく、「汝、やむごとなき高相の夢見てけり。
郡司が言うには、「おまえは、最高にすぐれた相の夢を見た。
・郡司 … 名詞
・が … 格助詞
・いはく … 連語
・汝(なんじ) … 代名詞
・やむごとなき … ク活用の形容詞「やむごとなし」の連体形
やむごとなし … 最高である
・高相(こうそう) … 名詞
・の … 格助詞
・夢 … 名詞
○高相の夢 … すぐれた相の夢
・見 … マ行上一段活用の動詞「語る」の連用形
・て … 強意の助動詞「つ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

それに、よしなき人に語りてけり。
それなのに、つまらない人に語ったのだ。
・それに … 接続詞
○それに … それなのに
・よしなき … ク活用の形容詞「よしなし」の連体形
よしなし … つまらない
・人 … 名詞
・に … 格助詞
・語り … ラ行四段活用の動詞「語る」の連用形
・て … 強意の助動詞「つ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

必ず大位にはいたるとも、事出で来て罪をかぶらむぞ。」と言ふ。
必ず高い位には昇っても、事件が起きて罪をかぶるだろう。」と言う。
・必ず … 副詞
・大位(たいい) … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・いたる … ラ行四段活用の動詞「いたる」の連体形
・とも … 接続助詞
・事 … 名詞
・出で来(き) … カ行変格活用の動詞「出で来(く)」の連用形
・て … 接続助詞
・罪 … 名詞
・を … 格助詞
・かぶら … ラ行四段活用の動詞「かぶる」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形
・ぞ … 終助詞
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形

しかるあひだ、善男縁につきて京上りして、大納言にいたる。
そのうち、善男は縁を頼って京に上って、大納言の位に昇る。
・しかるあひだ … 連語、そのうち
○しかる … ラ行変格活用の動詞「しかり」の連体形
○あひだ … 名詞
・善男 … 名詞
・縁 … 名詞
・に … 格助詞
・つき … カ行四段活用の動詞「つく」の連用形
・て … 接続助詞
○~につきて … ~を頼って
・京上りし … サ行変格活用の動詞「京上りす」の連用形
・て … 接続助詞
・大納言 … 名詞
・に … 格助詞
・いたる … ラ行四段活用の動詞「いたる」の終止形

されども、なほ犯罪をかうぶる。
しかし、やはり犯罪の罰を受ける。
・されども … 接続詞
○されども … しかし
・なほ … 副詞
なほ … やはり
・犯罪 … 名詞
・を … 格助詞
・かうぶる … ラ行四段活用の動詞「かうぶる」の終止形
○かうぶる … 罰を受ける

郡司が言葉に違はず。
郡司の言葉に違いはなかった。
・郡司 … 名詞
・が … 格助詞
・言葉 … 名詞
・に … 格助詞
・違は … ハ行四段活用の動詞「違ふ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

error: Content is protected !!