二月つごもりごろに・枕草子

二月つごもりごろに、風いたう吹きて、空いみじう黒きに、
二月の末ごろに、風がひどく吹いて、空がたいそう暗いのに、
・二月(きさらぎ) … 名詞
・つごもり … 名詞
○つごもり … 月の末
・ごろ … 名詞
・に … 格助詞
・風 … 名詞
・いたう … ク活用の形容詞「いたし」の連用形(音便)
・吹き … カ行四段活用の動詞「吹く」の連用形
・て … 接続助詞
・空 … 名詞
・いみじう … シク活用の形容詞「いみじ」の連用形(音便)
いみじ … はなはだしい
・黒き … ク活用の形容詞「黒し」の連体形
・に … 格助詞

雪少しうち散りたるほど、黒戸に主殿司来て、
雪が少しちらついているとき、黒戸の間に主殿司が来て、
・雪 … 名詞
・少し … 副詞
・うち散り … ラ行四段活用の動詞「うち散る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ほど … 名詞
・黒戸(くろど) … 名詞
○黒戸 … 清涼殿の北側にある仏間用の部屋
・に … 格助詞
・主殿司(とのもづかさ) … 名詞
○主殿司 … 宮中の雑務を担当した役所の職員
・来 … カ行変格活用の動詞「来」の連用形
・て … 接続助詞

「かうて候ふ。」と言へば、寄りたるに、
「ごめんください。」と言うので、近寄ったところ、
・かうて … 副詞(音便)
○かくて … このようにして
・候(さぶら)ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の終止形
候ふ … 「あり」の丁寧語 ⇒ 主殿司から筆者への敬意
○かうて候ふ … ごめんください
・と … 格助詞
・言へ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の已然形
・ば … 接続助詞
・寄り … ラ行四段活用の動詞「寄る」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・に … 接続助詞

「これ、公任の宰相殿の。」とてあるを見れば、懐紙に、
「これは、公任の宰相殿の。」と言って差し出すのを見ると、懐紙に、
・これ … 代名詞
・公任(きんとう) … 名詞
・の … 格助詞
・宰相殿(さいしようどの) … 名詞
○宰相 … 「参議」の唐名
・の … 格助詞
・とて … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・を … 格助詞
・見れ … マ行上一段活用の動詞「見る」の已然形
・ば … 接続助詞
・懐紙(ふところがみ) … 名詞
○懐紙 … 折りたたんで懐に入れておく紙
・に … 格助詞

  少し春ある心地こそすれ
  少し春らしい気持ちがするよ
  ・少し … 副詞
  ・春 … 名詞
  ・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
  ・心地 … 名詞
  ・こそ … 係助詞・強意
  ・すれ … サ行変格活用の動詞「す」の已然形(結び)

とあるは、げに今日の気色にいとよう合ひたるを、
と書いてあるのは、本当に今日の空模様にとてもよく合っているが、
・と … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・は … 係助詞
・げに … 副詞
げに … 本当に
・今日 … 名詞
・の … 格助詞
・気色 … 名詞
気色 … 情景
・に … 格助詞
・いと … 副詞
・よう … ク活用の形容詞「よし」の連用形(音便)
・合ひ … ハ行四段活用の動詞「合ふ」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・を … 接続助詞

これが本はいかでかつくべからむと、思ひ煩ひぬ。
これの上の句はどうして付けたらよいだろうかと、思い悩んでしまった。
・これ … 代名詞
・が … 格助詞
・本(もと) … 名詞
○本 … 短歌の上の句
・は … 係助詞
・いかで … 副詞
いかで … どうして
・か … 係助詞・疑問
・つく … カ行下二段活用の動詞「合ふ」の終止形
・べから … 適当の助動詞「べし」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・思ひ煩(わずら)ひ … ハ行四段活用の動詞「思ひ煩ふ」の連用形
○思ひ煩ふ … 思い悩む
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

「たれたれか。」と問へば、「それそれ。」と言ふ。
「ご同席は誰と誰ですか。」と尋ねると、「誰それです。」と言う。
・たれたれ … 代名詞
○たれたれ … 誰と誰
・か … 係助詞・疑問
・と … 格助詞
・問へ … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の已然形
・ば … 接続助詞
・それそれ … 代名詞
○それそれ … 誰それ
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形

みないと恥づかしき中に、宰相の御いらへを、
みんなこちらが恥ずかしくなるほど立派な方々の中に、宰相へのご返事を、
・みな … 名詞
・いと … 副詞
・恥づかしき … シク活用の形容詞「恥づかし」の連体形
恥づかし … こちらが恥ずかしくなるほど立派だ
・中 … 名詞
・に … 格助詞
・宰相 … 名詞
・の … 格助詞
・御いらへ … 名詞
・を … 格助詞

いかでかことなしびに言ひ出でむと、心ひとつに苦しきを、
どうしていいかげんに詠み出せようかと、自分一人で悩んで苦しいので、
・いかで … 副詞
・か … 係助詞・反語
・ことなしび … 名詞
○ことなしび … いいかげんなこと
・に … 格助詞
・言ひ出で … ダ行下二段活用の動詞「言ひ出づ」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・心 … 名詞
・ひとつ … 名詞
・に … 格助詞
・苦しき … シク活用の形容詞「苦し」の連体形
・を … 接続助詞

御前に御覽ぜさせむとすれど、上のおはしまして大殿籠りたり。
中宮様にお目にかけようとするが、帝がいらっしゃっておやすみになっている。
・御前(おまえ) … 名詞
○御前 … 高貴な人
・に … 格助詞
・御覽ぜ … サ行変格活用の動詞「御覧ず」の未然形
御覧ず … 「見る」の尊敬語 ⇒ 筆者から中宮への敬意
・させ … 使役の助動詞「さす」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・すれ … サ行変格活用の動詞「す」の已然形
・ど … 接続助詞
・上(うえ) … 名詞
・の … 格助詞
・おはしまし … サ行四段活用の動詞「おはします」の連用形
おはしまし … 「来」の尊敬語 ⇒ 筆者から帝への敬意
・て … 接続助詞
・大殿籠(おおとのごも)り … ラ行四段活用の動詞「大殿籠る」の連用形
大殿籠る … 「寝る」の尊敬語 ⇒ 筆者から中宮への敬意
・たり … 存続の助動詞「たり」の終止形

主殿司は、「とくとく。」と言ふ。
主殿司は、「早く早く。」と言う。
・主殿司 … 名詞
・は … 係助詞
・とくとく … 副詞
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形

げに遅うさへあらむは、いと取りどころなければ、さはれとて、
本当に遅くまでなったら、まったくとりえがないので、ままよと思って、
・げに … 副詞
・遅う … ク活用の形容詞「遅し」の連用形(音便)
・さへ … 副助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・む … 仮定の助動詞「む」の連体形
・は … 係助詞
・いと … 副詞
・取りどころ … 名詞
○取りどころ … 長所
・なけれ … ク活用の形容詞「なし」の已然形
・ば … 接続助詞
・さはれ … 感動詞
さはれ … ええ、ままよ
・とて … 格助詞

  空寒み花にまがへて散る雪に
  空が寒いので花に見まちがえるように散る雪に
  ・空 … 名詞
  ・寒 … ク活用の形容詞「寒し」の語幹
  ・ … 接尾語、~ので
  ・花 … 名詞
  ・に … 格助詞
  ・まがへ … ハ行下二段活用の動詞「まがふ」の連用形
  ○まがふ … 間違える
  ・て … 接続助詞
  ・散る … ラ行四段活用の動詞「散る」の連体形
  ・雪 … 名詞
  ・に … 格助詞

と、わななくわななく書きて取らせて、いかに思ふらむと、わびし。
と、震え震え書いて渡して、どのように思うだろうかと、つらく苦しい。
・と … 格助詞
・わななくわななく … 副詞
・書き … カ行四段活用の動詞「書く」の連用形
・て … 接続助詞
・取らせ … サ行下二段活用の動詞「取らす」の連用形
○取らす … 与える
・て … 接続助詞
・いかに … 副詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の終止形
・らむ … 現在推量の助動詞「らむ」の終止形
・と … 格助詞
・わびし … シク活用の形容詞「わびし」の終止形
わびし … つらく苦しい

これがことを聞かばやと思ふに、
この返事の評価を聞きたいと思うが、
・これ … 代名詞
・が … 格助詞
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・聞か … カ行四段活用の動詞「聞く」の未然形
・ばや … 終助詞
ばや … ~したい(願望)
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・に … 接続助詞

そしられたらば聞かじとおぼゆるを、「俊賢の宰相など、
悪く言われていたら聞くまいと思っていると、「俊賢の宰相などは、
・そしら … ラ行四段活用の動詞「そしる」の未然形
○そしる … 非難する
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・たら … 完了の助動詞「たり」の未然形
・ば … 接続助詞
・聞か … カ行四段活用の動詞「聞く」の未然形
・じ … 打消意志の助動詞「じ」の終止形
・と … 格助詞
・おぼゆる … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連体形
おぼゆ … 思われる
・を … 接続助詞
・俊賢(としかた) … 名詞
・の … 格助詞
・宰相 … 名詞
・など … 副助詞

『なほ内侍に奏してなさむ。』となむ定め給ひし。」とばかりぞ、
『やはり天皇に奏上して内侍にしよう。』と決定なさった。」とだけ、
・なほ … 副詞
なほ … やはり
・内侍(ないし) … 名詞
○内侍 … 内侍司の女官
・に … 格助詞
・奏し … サ行変格活用の動詞「奏す」の連用形
奏す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 俊賢などから帝への敬意
・て … 接続助詞
・なさ … サ行四段活用の動詞「なす」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・なむ … 係助詞・強調
・定め … マ行下二段活用の動詞「定む」の連用形
○定む … 決定する
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 佐兵衞督から俊賢などへの敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・ばかり … 副助詞
・ぞ … 係助詞・強調

佐兵衞督の、中将におはせし、語り給ひし。
佐兵衞督で、中将でいらっしゃった方が、話して下さった。
・佐兵衞督(さひようえのかみ) … 名詞
・の … 格助詞
・中将 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・おはせ … サ行変格活用の動詞「おはす」の未然形
おはす … 「あり」の尊敬語 ⇒ 筆者から佐兵衞督への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・語り … ラ行四段活用の動詞「語る」の連用形
・給ひ … ハ行四段活用の動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から佐兵衞督への敬意
・し … 過去の助動詞「き」の連体形(結び)

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