いみじき成敗・沙石集

唐土にいやしき夫婦あり。餅を売りて世を渡りけり。
中国に身分の低い夫婦がいた。餅を売って暮らしを立てていた。
・唐土(もろこし) … 名詞
・に … 格助詞
・いやしき … シク活用の形容詞「いやし」の連体形
いやし … 身分が低い
・夫婦 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形
・餅 … 名詞
・を … 格助詞
・売り … ラ行四段活用の動詞「売る」の連用形
・て … 接続助詞
・世 … 名詞
・を … 格助詞
・渡り … ラ行四段活用の動詞「渡る」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

夫の、道のほとりにして餅を売りけるに、
夫が、道のそばで餅を売っていたが、
・夫 … 名詞
・の … 格助詞
・道 … 名詞
・の … 格助詞
・ほとり … 名詞
・に … 格助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・餅 … 名詞
・を … 格助詞
・売り … ラ行四段活用の動詞「売る」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞

人の袋を落としたりけるを見ければ、
人が袋を落としていたのを見たところ、
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・袋 … 名詞
・を … 格助詞
・落とし … サ行四段活用の動詞「落とす」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 

銀の軟挺六つありけり。家に持ちて帰りぬ。
上質の銀の貨幣が六つあった。家に持って帰った。
・銀(しろかね) … 名詞
・の … 格助詞
・軟挺(なんてい) … 名詞
○銀の軟挺 … 良質の銀の貨幣
・六(む)つ … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
・家 … 名詞
・に … 格助詞
・持ち … タ行四段活用の動詞「持つ」の連用形
・て … 接続助詞
・帰り … ラ行四段活用の動詞「帰る」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

妻、心素直に欲なき者にて、
妻は、心が素直で欲のない者で、
・妻 … 名詞
・心 … 名詞
・素直に … ナリ活用の形容動詞「素直なり」の連用形
・欲 … 名詞
・なき … ク活用の形容詞「なし」の連体形
・者 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞

「我らは商うて過ぐれば、ことも欠けず。
「私たちは商売をして生活しているので、不自由もない。
・我ら … 代名詞
・は … 係助詞
・商う … ハ行四段活用の動詞「商ふ」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・過ぐれ … ガ行上二段活用の動詞「過ぐ」の已然形
○過ぐ … 生活する
・ば … 接続助詞
・こと … 名詞
・も … 係助詞
・欠け … カ行下二段活用の動詞「欠く」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
○ことも欠けず … 不自由はない

この主、いかばかり嘆き求むらん。いとほしきことなり。
この持ち主は、どれほど嘆いて探し求めているだろう。気の毒なことだ。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・主(ぬし) … 名詞
・いかばかり … 副詞
・嘆き … カ行四段活用の動詞「嘆く」の連用形
・求む … マ行下二段活用の動詞「求む」の終止形
・らん … 現在推量の助動詞「らん」の終止形
・いとほしき … シク活用の形容詞「いとほし」の連体形
いとほし … かわいそうである
・こと … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

主を尋ねて返したまへ。」と言ひければ、
持ち主を探してお返しください。」と言ったので、
・主 … 名詞
・を … 格助詞
・尋ね … ナ行下二段活用の動詞「尋ぬ」の連用形
・て … 接続助詞
・返し … サ行四段活用の動詞「返す」の連用形
・たまへ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の命令形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 妻から夫への敬意
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

「まことに。」とて、あまねく触れけるに、
「本当に。」と思って、広く人々に言い知らせたところ、
・まことに … 副詞
・とて … 格助詞
・あまねく … ク活用の形容詞「あまねし」の連用形
○あまねし … 広く行き渡っている
・触れ … ラ行下二段活用の動詞「触る」の連用形
○触る … 広く告げる
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞

主といふ者出で来て、これを得て
持ち主という者が出てきて、これを受け取って
・主 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・者 … 名詞
・出で来 … カ行変格活用の動詞「出で来」の連用形
・て … 接続助詞
・これ … 代名詞
・を … 格助詞
・得 … ア行下二段活用の動詞「得」の連用形
・て … 接続助詞

あまりにうれしくて、「三つをば奉らん。」と言ひて、
あまりにもうれしくて、「三つを差し上げよう。」と言って、
・あまりに … ナリ活用の形容動詞「あまりなり」の連用形
・うれしく … シク活用の形容詞「うれし」の連用形
・て … 接続助詞
・三(み)つ … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・奉ら … ラ行四段活用の動詞「奉る」の未然形
たまふ … 「与ふ」の謙譲語 ⇒ 主から夫への敬意
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞

すでに分かつべかりけるとき、思ひ返して、
もう少しで分けようとしたとき、思い直して、
・すでに … 副詞
○すでに … まさに
・分かつ … タ行四段活用の動詞「分かつ」の終止形
・べかり … 意志の助動詞「べし」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・とき … 名詞
・思ひ返し … サ行四段活用の動詞「思ひ返す」の連用形
・て … 接続助詞

煩ひを出ださんがために、
難癖をつけようとするために、
・煩(わずら)ひ … 名詞
・を … 格助詞
・出ださ … サ行四段活用の動詞「出だす」の未然形
○煩ひを出だす … 言いがかりをつける
・ん … 意志の助動詞「ん」の連体形
・が … 格助詞
・ため … 名詞
・に … 格助詞

「七つこそありしに、六つあるこそ不思議なれ。
「七つあったのに、六つあるのは奇妙なことだ。
・七つ … 名詞
・こそ … 係助詞・強調
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・に … 接続助詞
・六つ … 名詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・こそ … 係助詞・強調
・不思議なれ … ナリ活用の形容動詞「不思議なり」の已然形(結び)

一つは隠されたるにや。」と言ふ。「さることなし。
一つはお隠しになっているのか。」と言う。「そんなことはない。
・一つ … 名詞
・は … 係助詞
・隠さ … サ行四段活用の動詞「隠す」の未然形
 … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 主から夫への敬意
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞・疑問
・と … 格助詞
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形
・さる … 連体詞
・こと … 名詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形

もとより六つこそありしか。」と論ずるほどに、
もともと六つあったのだ。」と論争するうちに、
・もとより … 副詞
・六つ … 名詞
・こそ … 係助詞・強調
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・しか … 過去の助動詞「き」の已然形(結び)
・と … 格助詞
・論ずる … サ行変格活用の動詞「論ず」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞

果ては国守のもとにして、これをことわらしむ。
最後には地域を治める長官のもとで、これを判断してもらう。
・果て … 名詞
・は … 係助詞
・国守(くにのかみ) … 名詞
○国守 … その地方を治める長官
・の … 格助詞
・もと … 名詞
・に … 格助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・これ … 代名詞
・を … 格助詞
・ことわら … ラ行四段活用の動詞「ことわる」の未然形
○ことわる … 判断する
・しむ … 使役の助動詞「しむ」の終止形

国守、眼さかしくして、「この主は不実の者なり。
長官は、眼力が優れていて、「この持ち主は不誠実な者だ。
・国守 … 名詞
・眼(まなこ) … 名詞
・さかしく … シク活用の形容詞「さかし」の連用形
さかし … 判断力がある
・して … 接続助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・主 … 名詞
・は … 係助詞
・不実 … ナリ活用の形容動詞「不実なり」の語幹
・の … 格助詞
・者 … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

この男は正直の者。」と見ながら、
この男は正直な者。」と判断したが、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・男 … 名詞
・は … 係助詞
・正直 … ナリ活用の形容動詞「正直なり」の語幹
・の … 格助詞
・者 … 名詞
・と … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
○見る … 判断する
・ながら … 接続助詞

不審なりければ、かの妻を召して、
疑念があったので、その妻をお呼び寄せになって、
・不審なり … ナリ活用の形容動詞「不審なり」の連用形
○不審なり … 疑念のあるさま
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・妻 … 名詞
・を … 格助詞
・召し … サ行四段活用の動詞「召す」の連用形
召す … 「呼ぶ」の尊敬語 ⇒ 筆者から国守への敬意
・て … 接続助詞

別の所にてことの子細を尋ぬるに、夫が状に少しもたがはず。
別の場所で詳しい事情を尋ねると、夫の言い分と少しも違わない。
・別 … 名詞
・の … 格助詞
・所 … 名詞
・にて … 格助詞
・こと … 名詞
・の … 格助詞
・子細 … 名詞
・を … 格助詞
・尋ぬる … ナ行下二段活用の動詞「尋ぬ」の連体形
・に … 接続助詞
・夫 … 名詞
・が … 格助詞
・状 … 名詞
○状 … 言い分
・に … 格助詞
・少し … 副詞
・も … 係助詞
・たがは … ハ行四段活用の動詞「たがふ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

この妻はきはめたる正直の者と見て、かの主
この妻はこの上ない正直な者と見なして、あの持ち主が
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・妻 … 名詞
・は … 係助詞
・きはめたる … 連体詞
○きはめたる … この上ない
・正直 … ナリ活用の形容動詞「正直なり」の語幹
・の … 格助詞
・者 … 名詞
・と … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
・か … 代名詞
・の … 格助詞
・主 … 名詞

不実のこと確かなりければ、国守の判にいはく、
不誠実であることは間違いなかったので、長官の判決が言うには、
・不実 … ナリ活用の形容動詞「不実なり」の語幹
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・確かなり … ナリ活用の形容動詞「確かなり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・国守 … 名詞
・の … 格助詞
・判 … 名詞
○判 … 判決
・に … 格助詞
○いは … ハ行四段活用の動詞「いふ」の未然形
○く … 接尾語

「このこと、確かの証拠なければ判じがたし。
「このことは、確実な証拠がないので、判断するのがむずかしい。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・確か … ナリ活用の形容動詞「確かなり」の語幹
・の … 格助詞
・証拠 … 名詞
・なけれ … ク活用の形容詞「なし」の已然形
・ば … 接続助詞
○判じ … サ行変格活用の動詞「判ず」の連用形
○がたし … ク活用型接尾語「がたし」の終止形

ただし、ともに正直の者と見えたり。
ただし、どちらも正直な者と思われる。
・ただし … 接続詞
・ともに … 副詞
・正直 … ナリ活用の形容動詞「正直なり」の語幹
・の … 格助詞
・者 … 名詞
・と … 格助詞
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の終止形

夫妻また言葉変はらず、主の言葉も正直に聞こゆれば、
夫妻はまた主張に食い違いがない、持ち主の主張も正直に思われるので、
・夫妻 … 名詞
・また … 副詞
・言葉 … 名詞
・変はら … ラ行四段活用の動詞「変はる」の未然形
○変はる … 異なる
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・主 … 名詞
・の … 格助詞
・言葉 … 名詞
・も … 係助詞
・正直に … ナリ活用の形容動詞「正直なり」の連用形
・聞こゆれ … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の已然形
・ば … 接続助詞

七つあらん軟挺を尋ねて取るべし。
七つあるという貨幣を探して手に入れるのがよい。
・七つ … 名詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
・軟挺 … 名詞
・を … 格助詞
・尋ね … ナ行下二段活用の動詞「尋ぬ」の連用形
・て … 接続助詞
・取る … ラ行四段活用の動詞「取る」の終止形
・べし … 適当の助動詞「べし」の終止形

これは六つあれば、別の人のにこそ。」とて、
これは六つあるので、別の人のものだろう。」と言って、
・これ … 代名詞
・は … 係助詞
・六つ … 名詞
・あれ … ラ行変格活用の動詞「あり」の已然形
・ば … 接続助詞
・別 … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・こそ … 係助詞・強調
・とて … 格助詞

六つながら夫妻に給はりけり。
六つすべてを夫妻にお与えになった。
・六つながら … 名詞
○ながら(接尾語) … そなまますべて
・夫妻 … 名詞
・に … 格助詞
・給はり … ラ行四段活用の動詞「給はる」の連用形
給はる … 「与ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から国守への敬意
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

宋朝の人、いみじき成敗とぞ、あまねく褒めののしりける。
宋朝の人は、すばらしい裁定だと、すべての人が盛んにほめた。
・宋朝(そうちよう) … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・いみじき … シク活用の形容詞「いみじ」の連体形
いみじ … すばらしい
・成敗 … 名詞
○成敗 … 処置
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・あまねく … ク活用の形容詞「あまねし」の連用形
・ほめののしり … ラ行四段活用の動詞「ほめののしる」の連用形
○ほめののしる … 盛んにほめる
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

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