あづさ弓・伊勢物語

昔、男、片田舎に住みけり。
昔、男が、片田舎に住んでいた。
・昔 … 名詞
・男 … 名詞
・片田舎 … 名詞
・に … 格助詞
・住み … マ行四段活用の動詞「住む」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

男、宮仕へしにとて、別れ惜しみて行きにけるままに、
男は、宮仕えをするためにと言って、別れを惜しんで行ってしまったままで、
・男 … 名詞
・宮仕へ … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・に … 格助詞
・とて … 格助詞
・別れ … 名詞
・惜しみ … マ行四段活用の動詞「惜しむ」の連用形
・て … 接続助詞
・行き … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・まま … 名詞
・に … 格助詞

三年来ざりければ、待ちわびたりけるに、
三年も帰ってこなかったので、待ちづらくなっていたが、
・三年(みとせ) … 名詞
・来 … カ行変格活用の動詞「来」の未然形
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・待ちわび … バ行上二段活用の動詞「待ちわぶ」の連用形
~わぶ … ~しづらい
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞

いとねむごろに言ひける人に、
たいそう熱心に言い寄ってきた人に、
・いと … 副詞
・ねむごろに … ナリ活用の形容動詞「ねむごろなり」の連用形
ねむごろなり … 熱心である
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・人 … 名詞
・に … 格助詞

「今宵あはむ。」と契りたりけるに、この男来たりけり。
「今夜結婚しよう。」と約束していたときに、この男が帰って来た。
・今宵(こよい) … 名詞
・あは … ハ行四段活用の動詞「あふ」の未然形
あふ … 結婚する
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 
・契り … ラ行四段活用の動詞「契る」の連用形
○契(ちぎ)る … 固く約束する
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 格助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・男 … 名詞
・来 … カ行変格活用の動詞「来」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

「この戸開けたまへ。」とたたきけれど、開けで、
「この戸を開けてください。」とたたいたけれども、開けないで、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・戸 … 名詞
・開け … カ行下二段活用の動詞「開く」の連用形
・たまへ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の命令形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 男から女への敬意
・と … 格助詞
・たたき … カ行四段活用の動詞「たたく」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ど … 接続助詞
・開け … カ行下二段活用の動詞「開く」の未然形
・で … 接続助詞

歌をなむ詠みて出だしたりける。
歌を詠んで差し出した。
・歌 … 名詞
・を … 格助詞
・なむ … 係助詞・強調
・詠み … マ行四段活用の動詞「詠む」の連用形
・て … 接続助詞
・出だし … サ行四段活用の動詞「出だす」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

  あらたまの年の三年を待ちわびて
  あなたを三年もの間つらい気持ちで待ち続けて、
  ・あらたまの … 「年」にかかる枕詞
  ・年 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・三年 … 名詞
  ・を … 格助詞
  ・待ちわび … バ行上二段活用の動詞「待ちわぶ」の連用形
  ・て … 接続助詞

  ただ今宵こそ新枕すれ
  ちょうど今夜、ほかの人と結婚するのです。
  ・ただ … 副詞
  ・今宵 … 名詞
  ・こそ … 係助詞・強調
  ・新枕(にいまくら) … 名詞
  ・すれ … サ行変格活用の動詞「す」の已然形(結び)

と言ひ出だしたりければ、
と詠んで差し出したので、
・と … 格助詞
・言ひ出だし … サ行四段活用の動詞「言ひ出だす」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 格助詞

  梓弓真弓槻弓年を経て
  長年の間、
  ・梓弓真弓槻弓 … 「槻」に「月」を掛けて「年」を導き出す序詞
  ○梓弓(あずさゆみ) … あずさの木で作った弓
  ○真弓(まゆみ) … まゆみの木で作った弓
  ○槻弓(つきゆみ) … つきの木で作った弓
  ・年 … 名詞
  ・を … 格助詞
  ・経 … ハ行下二段活用の動詞「経」の連用形
  ・て … 接続助詞

  わがせしがごとうるはしみせよ
  私があなたを愛したように、あなたも新しい夫を愛してあげなさい。
  ・わ … 代名詞
  ・が … 格助詞
  ・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
  ・し … 過去の助動詞「き」の連体形
  ・が … 格助詞
  ・ごと … 比況の助動詞「ごとし」の語幹
  ・うるはしみせよ … サ行変格活用の動詞「うるはしみす」の命令形

と言ひて、いなむとしければ、女、
と詠んで、立ち去ろうとしたので、女は、
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・いな … ナ行変格活用の動詞「いぬ」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・女 … 名詞

  梓弓引けど引かねど
  ほかの男が私の気を引いても引かなくっても、
  ・梓弓 … 「引く」にかかる枕詞
  ・引け … カ行四段活用の動詞「引く」の已然形
  ・ど … 接続助詞
  ・引か … カ行四段活用の動詞「引く」の未然形
  ・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
  ・ど … 接続助詞

  昔より心は君に寄りにしものを
  昔から私の心はあなたに傾いていたのになあ。
  ・昔 … 名詞
  ・より … 格助詞
  ・心 … 名詞
  ・は … 係助詞
  ・君 … 代名詞
  ・に … 格助詞
  ・寄り … ラ行四段活用の動詞「寄る」の連用形
  ○寄る … 気持ちが傾く
  ・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
  ・し … 過去の助動詞「き」の連体形
  ・ものを … 終助詞・詠嘆

と言ひけれど、男帰りにけり。
と詠んだけれども、男は帰ってしまった。
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ど … 接続助詞
・男 … 名詞
・帰り … ラ行四段活用の動詞「帰る」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

女、いと悲しくて、後に立ちて追ひ行けど、
女は、たいそう悲しくて、後ろについて追って行ったけれども、
・女 … 名詞
・いと … 副詞
・悲しく … シク活用の形容詞「悲し」の連用形
・て … 接続助詞
・後 … 名詞
・に … 格助詞
・立ち … タ行四段活用の動詞「立つ」の連用形
・て … 接続助詞
・追ひ行け … カ行四段活用の動詞「追ひ行く」の已然形
・ど … 接続助詞

え追ひつかで、清水のある所に伏しにけり。
追いつくことができないで、清水のある所に倒れ伏してしまった。
・え … 副詞
え(~打消) … ~できない
・追ひつか … カ行四段活用の動詞「追ひつく」の未然形
・で … 接続助詞
・清水(しみず) … 名詞
・の … 格助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・所 … 名詞
・に … 格助詞
・伏し … サ行四段活用の動詞「伏す」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

そこなりける岩に、指の血して書きつけける。
そこにあった岩に、指の血で書きつけた。
・そこ … 代名詞
・なり … 存在の助動詞「なり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・岩 … 名詞
・に … 格助詞
・指(および) … 名詞
・の … 格助詞
・血 … 名詞
・して … 格助詞
・書きつけ … カ行下二段活用の動詞「書きつく」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形

  あひ思はで離れぬる人を
  思っているのに思ってくれないで疎遠になってしまった人を
  ・あひ思は … ハ行四段活用の動詞「あひ思ふ」の未然形
  ・で … 接続助詞
  ・離れ … ラ行下二段活用の動詞「離る」の連用形
  ○離(か)る … 心理的な隔たりが生じる
  ・ぬる … 完了の助動詞「ぬ」の連体形
  ・人 … 名詞
  ・を … 格助詞

  とどめかねわが身は今ぞ消えはてぬめる
  引き止めることができなくて、私の身は今にも消えてしまいそうです。
  ・とどめかね … ナ行下二段活用の動詞「とどめかぬ」の連用形
  ・わ … 代名詞
  ・が … 格助詞
  ・身 … 名詞
  ・は … 係助詞
  ・今 … 名詞
  ・ぞ … 係助詞・強調
  ・消えはて … タ行下二段活用の動詞「消えはつ」の連用形
  ・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
  ・める … 推定の助動詞「めり」の連体形(結び)

と書きて、そこにいたづらになりにけり。
と書いて、そこで死んでしまった。
・と … 
・書き … カ行四段活用の動詞「書く」の連用形
・て … 接続助詞
・そこ … 代名詞
・に … 格助詞
・いたづらに … ナリ活用の形容動詞「いたづらなり」の連用形
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
いたづらになる … 死ぬ
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

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