苔の衣・大和物語

深草の帝と申しける御時、
深草の帝と申し上げた帝の御代は、
・深草の帝 … 名詞
・と … 格助詞
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から深草の帝への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・御時 … 名詞

良少将といふ人、いみじき時にてありけり。
良少将という人が、非常に栄えている時だった。
・良少将 … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・人 … 名詞
・いみじき … シク活用の形容詞「いみじ」の連体形
いみじ … 非常に盛んである
・時 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

いと色好みになむありける。
たいそう恋愛を好む人だった。
・いと … 副詞
・色好み … 名詞
○色好み … 恋愛を好む人
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・なむ … 係助詞・強調
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

世にもらうある者におぼえ、
世間からも教養が深く才知に富む人物と思われ、
・世 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・らう … 名詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・者 … 名詞
○らうある者 … 教養が深く才知に富む人物
・に … 格助詞
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
おぼゆ … (人に)~と思われる

つかうまつる帝、限りなくおぼされてあるほどに、
お仕え申し上げる帝も、この上なくご寵愛なさっておられるうちに、
・つかうまつる … ラ行四段活用の動詞「つかうまつる」の連体形
つかうまつる … 「つかふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から深草の帝への敬意
・帝 … 名詞
・限りなく … ク活用の形容詞「限りなし」の連用形
○限りなし … この上ない
・おぼさ … サ行四段活用の動詞「おぼす」の未然形
おぼす … 「思ふ」の尊敬語 ⇒ 筆者から深草の帝への敬意
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から深草の帝への敬意
・て … 接続助詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞

この帝失せ給ひぬ。
この帝が崩御なされた。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・帝 … 名詞
・失せ … サ行下二段活用の動詞「失す」の連用形
○失す … 死ぬ
・給ひ … ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の連用形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から深草の帝への敬意
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

御葬りの夜、御供にみな人つかうまつりける中に、
御大葬の夜、お供にすべての人が奉仕しているうちに、
・御葬(おほんほうぶ)り … 名詞
・の … 格助詞
・夜 … 名詞
・御供 … 名詞
・に … 格助詞
・みな人 … 名詞
・つかうまつり … ラ行四段活用の動詞「つかうまつる」の連用形
つかうまつる … 「つかふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から深草の帝への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・中 … 名詞
・に … 格助詞

その夜より、この良少将失せにけり。
その夜から、この良少将はいなくなってしまった。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・夜(よ) … 名詞
・より … 格助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・良少将 … 名詞
・失せ … サ行下二段活用の動詞「失す」の連用形
○失す … いなくなる
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

小野小町といふ人、正月に清水に詣でにけり。
小野の小町という人が、正月に清水寺に参詣した。
・小野小町(おののこまち) … 名詞
・と … 格助詞
・いふ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連体形
・人 … 名詞
・正月(むつき) … 名詞
・に … 格助詞
・清水(きよみず) … 名詞
・に … 格助詞
・詣で … ダ行下二段活用の動詞「詣づ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

行ひなどして聞くに、
仏前のお勤めなどをして聞くと、
・行ひ … 名詞
○行ひ … 神仏を拝むこと
・など … 副助詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・聞く … カ行四段活用の動詞「聞く」の連体形
・に … 接続助詞

あやしう尊き法師の声にて読経し、陀羅尼読む。
神秘的で気高い法師の声で読経し、陀羅尼を読んでいる。
・あやしう … シク活用の形容詞「あやし」の連用形(音便)
あやし … 神秘的である
・尊き … ク活用の形容詞「尊し」の連体形
○尊し … けだかい
・法師 … 名詞
・の … 格助詞
・声 … 名詞
・にて … 格助詞
・読経(どきよう)し … サ行変格活用の動詞「読経す」の連用形
○読経す … 声に出して経文を読む
・陀羅尼(だらに) … 名詞
・読む … マ行四段活用の動詞「読む」の終止形

この小野小町あやしがりて、
この小野小町は不思議に思って、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・小野小町 … 名詞
・あやしがり … ラ行四段活用の動詞「あやしがる」の連用形
○あやしがる … 不思議の思う
・て … 接続助詞

つれなきやうにて人をやりて見せければ、
そ知らぬふうにして人をやって見させたところ、
・つれなき … ク活用の形容詞「つれなし」の連体形
つれなし … そ知らぬふうである
・やうに … 比況の助動詞「やうなり」の連用形
・て … 接続助詞
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・やり … ラ行四段活用の動詞「やる」の連用形
・て … 接続助詞
・見せ … サ行下二段活用の動詞「見す」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

「蓑一つを着たる法師、腰に火打笥などゆひつけたるなむ、
「蓑をひとつ着ている法師で、腰に火打笥などを結びつけている人が、
・蓑(みの) … 名詞
・一つ … 名詞
・を … 格助詞
・着 … カ行上一段活用の動詞「着る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・法師 … 名詞
・腰 … 名詞
・に … 格助詞
・火打笥(ひうちげ) … 名詞
・など … 副助詞
・ゆひつけ … カ行下二段活用の動詞「ゆひつく」の連用形
○ゆひつく … 結びつける
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・なむ … 係助詞・強調

隅にゐたる。」といひけり。
隅におりました。」と言った。
・隅 … 名詞
・に … 格助詞
・ゐ … ワ行上一段活用の動詞「ゐる」の連用形
ゐる … 存在する
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形(結び)
・と … 格助詞
・いひ … ハ行四段活用の動詞「いふ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

かくてなほ聞くに、声いと尊くめでたう聞こゆれば、
こうしてさらに聞いていると、声がとても気高くて立派に聞えたので、
・かくて … 接続詞
・なほ … 副詞
・聞く … カ行四段活用の動詞「聞く」の連体形
・に … 接続助詞
・声 … 名詞
・いと … 副詞
・尊く … ク活用の形容詞「尊し」の連用形
・めでたう … ク活用の形容詞「めでたし」の連用形(音便)
めでたし … 立派である
・聞こゆれ … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の已然形
・ば … 接続助詞

「ただなる人にはよにあらじ。
「決して普通の人ではないだろう。
・ただなる … ナリ活用の形容詞「ただなり」の連体形
ただなり … 普通である
・人 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・は … 係助詞
・よに … 副詞
よに(~打消) … 決して(~ない)
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・じ … 打消推量の助動詞「じ」の終止形

もし少将大徳にやあらむ。」と思ひにけり。
もしかしたら少将大徳ではないだろうか。」と思った。
・もし … 副詞
・少将大徳(だいとく) … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・や … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

「いかが言ふ。」とて、
「どのように返事するだろうか。」と思って、
・いかが … 副詞
いかが … どのように~か
・言ふ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の終止形
・とて … 格助詞

「この御寺になむ侍る。
「このお寺に滞在しております。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・御寺(みてら) … 名詞
・に … 格助詞
・なむ … 係助詞・強調
・侍(はべ)る … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連体形(結び)
侍り … 「居り」の丁寧語 ⇒ 小野小町から法師への敬意

いと寒きに、御衣一つ貸し給へ。」とて、
とても寒いので、御衣を一枚お貸しください。」と言って、
・いと … 副詞
・寒き … ク活用の形容詞「寒し」の連体形
・に … 接続助詞
・御衣(みぞ) … 名詞
・一つ … 名詞
・貸し … サ行四段活用の動詞「貸す」の連用形
・給へ … ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」の命令形
給ふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 小野小町から法師への敬意
・とて … 格助詞

  岩の上に旅寝をすればいと寒し
  岩の上で旅寝をしていると、ひどく寒い。
  ・岩 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・上 … 名詞
  ・に … 格助詞
  ・旅寝 … 名詞
  ・を … 格助詞
  ・すれ … サ行変格活用の動詞「す」の已然形
  ・ば … 接続助詞
  ・いと … 副詞
  ・寒し … ク活用の形容詞「寒し」の終止形

  苔の衣を我に貸さなむ
  僧侶の衣服を私に貸してほしい。
  ・苔(こけ)の衣(ころも) … 名詞
  ○苔の衣 … 僧や隠者の着る質素な衣服
  ・を … 格助詞
  ・我 … 名詞
  ・に … 格助詞
  ・貸さ … サ行四段活用の動詞「貸す」の未然形
  ・なむ … 終助詞・願望 ← 未然形に接続している

といひやりたりける返り事に、
と言ってやった返事に、
・と … 格助詞
・言ひやり … ハ行四段活用の動詞「言ひやる」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・返り事 … 名詞
・に … 格助詞

  世を背く苔の衣はただひとへ
  俗世間を離れて出家した僧侶の衣服はただ一枚だけです。
  ・世 … 名詞
  ・を … 格助詞
  ・背く … ハ行四段活用の動詞「背く」の連体形
  ○世を背く … 出家する
  ・苔の衣 … 名詞
  ・は … 係助詞
  ・ただ … 副詞
  ・ひとへ … 名詞

  かさねばうとしいざ二人寝む
  それを貸さなければ薄情になるので、さあ二人で寝ましょう。
  ・かさ … ハ行四段活用の動詞「かす」の未然形
  ・ね … 打消の助動詞「ず」の已然形
  ・ば … 接続助詞
  ・うとし … ク活用の形容詞「うとし」の終止形
  ○うとし … 親密でない
  ・いざ … 感動詞・呼びかけ
  ○いざ … さあ
  ・二人 … 名詞
  ・寝 … ナ行下二段活用の動詞「寝」の未然形
  ・む … 勧誘の助動詞「む」の終止形

と言ひたるに、「さらに少将なりけり。」と思ひて、
と言ったので、「ますます少将だったのだ。」と思って、
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・に … 接続助詞
・さらに … 副詞
さらに … ますます
・少将 … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞

ただにも語らひし仲なれば、
普段からも親しく語り合っていた間柄なので、
・ただに … ナリ活用の形容動詞「ただなり」の連用形
・も … 係助詞
・語らひ … ハ行四段活用の動詞「語らふ」の連用形
語らふ … 親しく語り合う
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・仲 … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞

「会ひてものも言はむ。」と思ひて行きければ、
「会って話をしてみよう。」と思って行ったところ、
・会ひ … ハ行四段活用の動詞「会ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・もの … 名詞
・も … 係助詞
・言は … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・行き … カ行四段活用の動詞「行く」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

かい消つやうに失せにけり。
姿を消すようにいなくなってしまった。
・かい消(け)つ … タ行四段活用の動詞「かい消つ」の連体形
○かい消つ … 姿を消す
・やうに … 比況の助動詞「やうなり」の連用形
・失せ … サ行下二段活用の動詞「失す」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

一寺求めさすれど、さらに逃げて失せにけり。
寺中捜し求めさせたが、ますます逃げていなくなってしまった。
・一寺(ひとてら) … 名詞
○一寺 … 寺じゅう
・求め … マ行下二段活用の動詞「求む」の未然形
・さすれ … 使役の助動詞「さす」の已然形
・ど … 接続助詞
・さらに … 副詞
・逃げ … ガ行下二段活用の動詞「逃ぐ」の連用形
・て … 接続助詞
・失せ … サ行下二段活用の動詞「失す」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

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