相模守時頼の母は・徒然草

相模守時頼の母は、松下禅尼とぞ申しける。
相模守時頼の母は、松下禅尼と申しました。
・相模守時頼(さがみのかみときより) … 名詞
・の … 格助詞
・母 … 名詞
・は … 係助詞
・松下禅尼(まつしたのぜんじ) … 名詞
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞
・申し … サ行四段活用の動詞「申す」の連用形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から松下禅尼への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形

守を入れ申さるることありけるに、
相模守を招待申し上げなさることがあった時に、
・守(かみ) … 名詞
・を … 格助詞
・入れ … ラ行下二段活用の動詞「入る」の連用形
・申さ … サ行四段活用の補助動詞「申す」の未然形
申す … 謙譲の補助動詞 ⇒ 筆者から相模守への敬意
・るる … 尊敬の助動詞「る」の連体形 ⇒ 筆者から松下禅尼への敬意
・こと … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 格助詞

すすけたる明かり障子の破ればかりを、
すすけている障子の破れたところだけを、
・すすけ … カ行下二段活用の動詞「すすく」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・明かり障子 … 名詞
○明かり障子 … 障子
・の … 格助詞
・破れ … 名詞
・ばかり … 副助詞
・を … 格助詞

禅尼手づから、小刀して切り回しつつ、張られければ、
禅尼自身の手で、小刀であちこちを切りながら、お張りになったので、
・禅尼 … 名詞
・手づから … 副詞
○手づから … 自身の手で
・小刀(こがたな) … 名詞
・して … 格助詞
・切り回し … サ行四段活用の動詞「切り回す」の連用形
○切り回す … あちらこちら巧みに切る
・つつ … 接続助詞
・張ら … ラ行四段活用の動詞「張る」の未然形
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から松下禅尼への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

せうとの城介義景、その日の経営して候ひけるが、
兄の城介義景が、その日の準備に忙しく奔走しておりましたが、
・せうと … 名詞
○せうと … 兄
・の … 格助詞
・城介義景(じようのすけよしかげ) … 名詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・日 … 名詞
・の … 格助詞
・経営(けいめい)し … サ行変格段活用の動詞「経営す」の連用形
○経営す … 準備に忙しく奔走する
・て … 接続助詞
・候(そうら)ひ … ハ行四段活用の補助動詞「候ふ」の連用形
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 筆者から読者への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・が … 接続助詞

「給はりて、なにがし男に張らせ候はん。
「いただいて、誰それという男に張らせましょう。
・給はり … ラ行四段活用の動詞「給はる」の連用形
給はる … 「もらふ」の謙譲語 ⇒ 義景から松下禅尼への敬意
・て … 接続助詞
・なにがし男(おのこ) … 名詞
・に … 格助詞
・張ら … ラ行四段活用の動詞「張る」の未然形
・せ … 使役の助動詞「す」の連用形
・候は … ハ行四段活用の補助動詞「候ふ」の未然形
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 義景から松下禅尼への敬意
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形

さやうのことに心得たる者に候ふ。」と申されければ、
そのようなことに心得のある者でございます。」と申されたところ、
・さやう … ナリ活用の形容動詞「さやうなり」の語幹
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・に … 格助詞
・心得(え) … ア行下二段活用の動詞「心得(う)」の連用形
○心得 … 心得がある
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・者 … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・候ふ … ハ行四段活用の補助動詞「候ふ」の終止形
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 義景から松下禅尼への敬意
・と … 格助詞
・申さ … サ行四段活用の動詞「申す」の未然形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から松下禅尼への敬意
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から義景への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

「その男、尼が細工によもまさり侍らじ。」とて、
「その男は、私の細工に決してまさらないでしょう。」と言って、
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・男 … 名詞
・尼 … 名詞
・が … 格助詞
・細工 … 名詞
・に … 格助詞
・よも … 副詞
・まさり … ラ行四段活用の動詞「まさる」の連用形
・侍ら … ラ行格段段活用の補助動詞「侍り」の未然形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 松下禅尼から義景への敬意
・じ … 打消推量の助動詞「じ」の終了形
・とて … 格助詞

なほ一間づつ張られけるを、義景、
やはりひとこまずつお張りになっていたのを、義景が、
・なほ … 副詞
・一間(ひとま)づつ … 名詞
○一間 … 障子の桟で囲まれたひとこま
・張ら … ラ行四段活用の動詞「張る」の未然形
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から松下禅尼への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 格助詞
・義景 … 名詞

「みなを張り替へ候はんは、はるかにたやすく候ふべし。
「全部を張り替えたほうが、ずっと容易でございましょう。
・みな … 名詞
・を … 格助詞
・張り替へ … ハ行下二段活用の動詞「張り替ふ」の連用形
・候は … ハ行四段活用の補助動詞「候ふ」の未然形
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 義景から松下禅尼への敬意
・ん … 仮定の助動詞「ん」の連体形
・は … 係助詞
・はるかに … ナリ活用の形容動詞「はるかなり」の連用形
・たやすく … ク活用の形容詞「たやすし」の連用形
・候ふ … ハ行四段活用の補助動詞「候ふ」の終止形
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 義景から松下禅尼への敬意
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形

まだらに候ふも見苦しくや。」と重ねて申されければ、
まだらでありますのも見苦しくありませんか。」と重ねて申し上げなさったところ、
・まだらに … ナリ活用の形容動詞「まだらなり」の連用形
・候ふ … ハ行四段活用の補助動詞「候ふ」の連体形
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 義景から松下禅尼への敬意
・も … 係助詞
・見苦しく … シク活用の形容詞「見苦し」の連用形
・や … 係助詞
・と … 格助詞
・重ねて … 副詞
・申さ … サ行四段活用の動詞「申す」の未然形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から松下禅尼への敬意
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から義景への敬意
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

「尼も、のちは、さはさはと張り替へんと思へども、
「私も、後には、さっぱりと張り替えようと思うのですが、
・尼 … 名詞
・も … 係助詞
・のち … 名詞
・は … 係助詞
・さはさはと … 副詞
○さはさはと … さっぱりと
・張り替へ … ハ行下二段活用の動詞「張り替ふ」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・思へ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の已然形
・ども … 接続助詞

今日ばかりは、わざとかくてあるべきなり。
今日だけは、わざとこうしておくのがよいのです。
・今日 … 名詞
・ばかり … 副助詞
・は … 係助詞
・わざと … 副詞
・かくて … 副詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・べき … 適当の助動詞「べし」のハ連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

物は破れたるところばかりを修理して用ゐることぞと、
物は破れているところだけを修理して用いるものだということを、
・物 … 名詞
・は … 係助詞
・破れ … ラ行下二段活用の動詞「破る」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・ところ … 名詞
・ばかり … 副助詞
・を … 格助詞
・修理(しゆり)し … サ行変格活用の動詞「修理す」の連用形
・て … 接続助詞
・用ゐる … ワ行上一段活用の動詞「用ゐる」の連体形
・こと … 名詞
・ぞ … 係助詞
・と … 格助詞

若き人に見ならはせて心つけんためなり。」と申されける、
若い人に見習わせて注意させるためなのです。」と申された、
・若き … ク活用の形容詞「若し」の連体形
・人 … 名詞
・に … 格助詞
・見ならは … ハ行四段活用の動詞「見ならふ」の未然形
・せ … 使役の助動詞「す」の連用形
・て … 接続助詞
・心つけ … カ行下二段活用の動詞「心つく」の未然形
○心つく … 注意させる
・ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
・ため … 名詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
・と … 格助詞
・申さ … サ行四段活用の動詞「申す」の未然形
申す … 「言ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から義景への敬意
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から松下禅尼への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形

いとありがたかりけり。
たいそう珍しいほど優れていた。
・いと … 副詞
・ありがたかり … ク活用の形容詞「ありがたし」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

世を治むる道、倹約を本とす。
世の中を治める道は、倹約を基本とする。
・世 … 名詞
・を … 格助詞
・治むる … 行下二段活用の動詞「治む」の連体形
・道 … 名詞
・倹約 … 名詞
・を … 格助詞
・本(もと) … 名詞
・と … 格助詞
・す … 行変格活用の動詞「す」の終止形

女性なれども聖人の心に通へり。
女性ではあるが聖人の心に通じている。
・女性(によしよう) … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ども … 接続助詞
・聖人 … 名詞
・の … 格助詞
・心 … 名詞
・に … 格助詞
・通へ … 行四段活用の動詞「通ふ」命令形
・り … 存続の助動詞「り」の終止形

天下を保つほどの人を、子にて持たれける、
天下を統治するほどの人を、子としてお持ちになった、
・天下 … 名詞
・を … 格助詞
・保つ … 行四段活用の動詞「保つ」の連体形
○保つ … 治める
・ほど … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・を … 格助詞
・子 … 名詞
・にて … 格助詞
・持た … 行四段活用の動詞「持つ」の未然形
・れ … 尊敬の助動詞「る」の連用形 ⇒ 筆者から松下禅尼への敬意
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形

まことに、ただ人にはあらざりけるとぞ。
ほんとに、普通の人ではなかったということである。
・まことに … 副詞
・ただ人 … 名詞
○ただ人 … 普通の人
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・は … 係助詞
・あら … 行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞

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