田舎の児桜の散るを見て泣く事

これも今は昔、
これも今では昔のことだが、
・これ … 代名詞
・も … 係助詞
・今 … 名詞
・は … 係助詞
・昔 … 名詞

田舎の児の比叡の山へ登りたりけるが、
田舎の子どもが比叡の山へ登っていたが、
・田舎(いなか) … 名詞
・の … 格助詞
・児(ちご) … 名詞
・の … 格助詞
・比叡(ひえ)の山 … 名詞
・へ … 格助詞
・登り … ラ行四段活用の動詞「登る」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・が … 接続助詞

桜のめでたく咲きたりけるに、
桜がみごとに咲いていたところ、
・桜 … 名詞
・の … 格助詞
・めでたく … ク活用の形容詞「めでたし」の連用形
めでたし … すばらしい
・咲き … カ行四段活用の動詞「咲く」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞

風のはげしく吹きけるを見て、
風がはげしく吹いたのを見て、
・風 … 名詞
・の … 格助詞
・はげしく … シク活用の形容詞「はげし」の連用形
・吹き … カ行四段活用の動詞「吹く」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞

この児さめざめと泣きけるを見て、
この子どもが、涙を流して静かに泣いたのを見て、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・児 … 名詞
・さめざめと … 副詞
○さめざめと … しきりに涙を流して静かに泣くさま
・泣き … カ行四段活用の動詞「泣く」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞

僧のやはら寄りて、
僧侶がそっと近づいて行って、
・僧 … 名詞
・の … 格助詞
・やはら … 副詞
○ … 動作を徐々に静かに行うさま
・寄り … ラ行四段活用の動詞「寄る」の連用形
・て … 接続助詞

「などかうは泣かせたまふぞ。
「どうしてこのようにお泣きになるのか。
・など … 副詞
○など … どうして
・かう … 副詞
かう … このように
・は … 係助詞
・泣か … カ行四段活用の動詞「泣く」の未然形
 … 尊敬の助動詞「す」の連用形 ⇒ 僧から児への敬意
・たまふ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の連体形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 僧から児への敬意
・ぞ … 終助詞・疑問

この花の散るを惜しうおぼえさせたまふか。
この花が散るのが惜しいとお思いになるのですか。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・花 … 名詞
・の … 格助詞
・散る … ラ行四段活用の動詞「散る」の連体形
・を … 格助詞
・惜しう … シク活用の形容詞「惜し」の連用形(音便)
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
おぼゆ … 感じられる
させ … 尊敬の助動詞「さす」の連用形 ⇒ 僧から児への敬意
・たまふ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の連体形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 僧から児への敬意
・か … 係助詞・疑問

桜ははかなきものにて、かくほどなくうつろひ候ふなり。
桜は、はかないもので、このようにまもなく散るのです。
・桜 … 名詞
・は … 係助詞
・はかなき … ク活用の形容詞「はかなし」の連用形
はかなし … もろい
・もの … 名詞
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・て … 接続助詞
・かく … 副詞
・ほどなく … ク活用の形容詞「ほどなし」の連用形
○ほどなし … あまり時間が経過しない
・うつろひ … ハ行四段活用の動詞「うつろふ」の連用形
うつろふ … (花が)散る
・候(さぶら)ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連体形
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 僧から児への敬意
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形

されども、さのみぞ候ふ。」となぐさめければ、
でも、そういうものなのです。」と慰めたところ、
・されども … 接続詞
○されども … しかし
・さ … 副詞
・のみ … 副助詞
○さのみ … そのようなだけ
・ぞ … 係助詞・強調
・候ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連体形(結び)
候ふ … 「あり」の丁寧語 ⇒ 僧から児への敬意
・と … 格助詞
・なぐさめ … マ行下二段活用の動詞「なぐさむ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

「桜の散らんは、あながちにいかがせん、苦しからず。
「桜が散るのは、しいてどうしましょう、かまいません。
・桜 … 名詞
・の … 格助詞
・散ら … 行四段活用の動詞「散る」の未然形
・ん … 婉曲の助動詞「ん」の連体形
・は … 係助詞
・あながちに … ナリ活用の形容動詞「あながちなり」の連用形
あながちなり … 自分の意志を押し通すさま
・いかが … 副詞
いかが … どのように~か
・せ … サ行変格活用の動詞「す」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・苦しから … シク活用の形容詞「苦し」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
○苦しからず … 差しつかえがない

わが父の作りたる麦の花の散りて、
自分の父親の作った麦の花が散って、
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・父(てて) … 名詞
・の … 格助詞
・作り … ラ行四段活用の動詞「作る」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・麦 … 名詞
・の … 格助詞
・花 … 名詞
・の … 格助詞
・散り … ラ行四段活用の動詞「散る」の連用形
・て … 接続助詞

実のいらざらんと思ふがわびしき。」と言ひて、
実がならないだろうと思う、それがつらいのです。」と言って、
・実 … 名詞
・の … 格助詞
・入(い)ら … ラ行四段活用の動詞「入る」の未然形
・ざら … 打消の助動詞「ず」の未然形
・ん … 推量の助動詞「ん」の終止形
・と … 格助詞
・思ふ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連体形
・が … 格助詞
・わびしき … シク活用の形容詞「わびし」の連体形
わびし … つらく苦しい
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞

さくりあげて、よよと泣きければ、うたてしやな。
しゃくりあげて、おいおいと泣いたので、つまらないなあ。
・さくりあげ … ガ行下二段活用の動詞「さくりあぐ」の連用形
○さくりあぐ … しゃくりあげる
・て … 接続助詞
・よよと … 副詞
○よよと … 涙を流して泣くさま
・泣き … カ行四段活用の動詞「泣く」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・うたてし … ク活用の形容詞「うたてし」の終止形
うたてし … 面白くない
・や … 間投助詞
・な … 終助詞
○やな … ~だなあ(詠嘆)

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