安元の大火・方丈記

予、ものの心を知れりしより、四十あまりの春秋を送れる間に、
私が物事の道理をわかるようになってから、四十年余りの歳月を過ごしている間に、
・予(われ) … 代名詞
・ものの心 … 名詞
○ものの心 … 物事の道理
・を … 格助詞
・知れ … ラ行四段活用の動詞「知る」の命令形
・り … 完了の助動詞「り」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・より … 格助詞
・四十(よそじ)あまり … 名詞
・の … 格助詞
・春秋(しゆんじゆう) … 名詞
○春秋 … 歳月
・を … 格助詞
・送れ … ラ行四段活用の動詞「送る」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・間 … 名詞
・に … 格助詞

世の不思議を見ること、ややたびたびになりぬ。
世の中の不思議な出来事を見ることが、次第にたび重なるようになった。
・世 … 名詞
・の … 格助詞
・不思議 … 名詞
・を … 格助詞
・見る … マ行上一段活用の動詞「見る」の連体形
・こと … 名詞
・やや … 副詞
やや … だんだん
・たびたび … 名詞
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

いんじ安元三年四月二十八日かとよ。
去る安元三年四月二十八日のことだったか。
・いんじ … 連体詞
○いにし ⇒ いんじ
○いに … ナ行変格活用の動詞「いぬ」の連用形
○し … 過去の助動詞「き」の連体形
・安元(あんげん)三年四月(うづき)二十八日 … 名詞
・か … 係助詞
・と … 格助詞
・よ … 間投助詞
○かとよ … ~であったろうか

風激しく吹きて、静かならざりし夜、戌の時ばかり、
風が激しく吹いて、静かではなかった夜、午後八時頃、
・風 … 名詞
・激しく … シク活用の形容詞「激し」の連用形
・吹き … カ行四段活用の動詞「吹く」の連用形
・て … 接続助詞
・静かなら … ナリ活用の形容動詞「静かなり」の未然形
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・し … 過去の助動詞「き」の連体形
・夜 … 名詞
・戌(いぬ)の時 … 名詞
・ばかり … 副助詞
○戌の時ばかり … 午後八時頃

都の東南より火出で来て、西北に至る。
都の東南から火事が起こって、西北の方に燃えていった。
・都 … 名詞
・の … 格助詞
・東南 … 名詞
・より … 格助詞
・火 … 名詞
・出で来(き) … カ行変格活用の動詞「出で来(く)」の連用形
・て … 接続助詞
・西北 … 名詞
・に … 格助詞
・至る … ラ行四段活用の動詞「至る」の終止形

果てには朱雀門・大極殿・大学寮・民部省などまで移りて、
最後には朱雀門・大極殿・大学寮・民部省などまで燃え移って、
・果て … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・朱雀門(すざくもん) … 名詞
・大極殿(だいこくでん) … 名詞
・大学寮 … 名詞
・民部省(みんぶしよう) … 名詞
・など … 副助詞
・まで … 副助詞
・移り … ラ行四段活用の動詞「移る」の連用形
・て … 接続助詞

一夜のうちに塵灰となりにき。
一夜のうちに灰になってしまった。
・一夜(いちや) … 名詞
・の … 格助詞
・うち … 名詞
・に … 格助詞
・塵灰(じんかい) … 名詞
○塵灰 … 火事の後の灰
・と … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・き … 過去の助動詞「き」の終止形

火もとは、樋口富小路とかや。
火元は樋口富小路とかいうことだ。
・火(ほ)もと … 名詞
・は … 係助詞
・樋口富小路(ひぐちとみのこうじ) … 名詞
・と … 格助詞
・か … 係助詞
・や … 間投助詞
○とかや … 後に「言う」または「言へる」が省略されている

舞人を宿せる仮屋より出で来たりけるとなん。
舞人を泊めていた仮小屋から出火したのだという。
・舞人(まいびと) … 名詞
○舞人 … 舞を舞う人
・を … 格助詞
・宿せ … サ行四段活用の動詞「宿す」の命令形
・る … 存続の助動詞「り」の連体形
・仮屋 … 名詞
・より … 格助詞
・出で来(き) … カ行変格活用の動詞「出で来(く)」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・と … 格助詞
・なん … 係助詞
○なん … 後に「言う」または「言へる」が省略されている

吹き迷ふ風に、とかく移りゆくほどに、
吹き乱れる風によって、あちこちに移っていくうちに、
・吹き迷ふ … ハ行四段活用の動詞「吹き迷ふ」の連体形
○迷ふ … さまよう
・風 … 名詞
・に … 格助詞
・とかく … 副詞
とかく … あちらこちらに
・移りゆく … カ行四段活用の動詞「移りゆく」の連体形
・ほど … 名詞
・に … 格助詞

扇を広げたるがごとく末広になりぬ。
扇を広げたように末広がりになってしまった。
・扇 … 名詞
・を … 格助詞
・広げ … ガ行下二段活用の動詞「広ぐ」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・が … 格助詞
・ごとく … 比況の助動詞「ごとし」の連用形
・末広(すえひろ) … 名詞
・に … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

遠き家は煙にむせび、近きあたりはひたすら炎を地に吹きつけたり。
遠くの家は煙にむせび、近い所はさかんに炎を地面に吹きつけていた。
・遠き … ク活用の形容詞「遠し」の連体形
・家 … 名詞
・は … 係助詞
・煙(けぶり) … 名詞
・に … 格助詞
・むせび … バ行四段活用の動詞「むせぶ」の連用形
・近き … ク活用の形容詞「近し」の連体形
・あたり … 名詞
・は … 係助詞
・ひたすら … 
○ひたすら … 一つの物事に集中するさま
・炎 … 名詞
・を … 格助詞
・地 … 名詞
・に … 格助詞
・吹きつけ … カ行下二段活用の動詞「吹きつく」の連用形
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形

空には灰を吹きたてたれば、火の光に映じて、あまねく紅なる中に、
空に灰を吹き上げていたので、火の光に映って、一面に紅色になっている中を、
・空 … 名詞
・に … 格助詞
・は … 係助詞
・灰 … 名詞
・を … 格助詞
・吹きたて … タ行下二段活用の動詞「吹きたつ」の連用形
○吹きたつ … 吹き上げる
・たれ … 存続の助動詞「たり」の已然形
・ば … 接続助詞
・火 … 名詞
・の … 格助詞
・光 … 名詞
・に … 格助詞
・映じ … サ行変格活用の動詞「映ず」の連用形
・て … 接続助詞
・あまねく … ク活用の形容詞「あまねし」の連用形
○あまねし … 広く行き渡っているさま
・紅(くれない) … 名詞
・なる … 断定の助動詞「なり」の連体形
・中 … 名詞
・に … 格助詞

風に堪へず、吹き切られたる炎、
風に耐えきれず、吹きちぎられた炎が、
・風 … 名詞
・に … 格助詞
・堪へ … ハ行下二段活用の動詞「堪ふ」の未然形
○堪ふ … 耐える
・ず … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・吹き切ら … ラ行四段活用の動詞「吹き切る」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・炎 … 名詞

飛ぶがごとくして、一、二町を越えつつ移りゆく。
飛ぶようにして、一、二町を越えながら移っていく。
・飛ぶ … バ行四段活用の動詞「飛ぶ」の連体形
・が … 格助詞
・ごとく … 比況の助動詞「ごとし」の連用形
・して … 接続助詞
・一、二町 … 名詞
・を … 格助詞
・越え … ヤ行下二段活用の動詞「越ゆ」の連用形
・つつ … 接続助詞
・移りゆく … カ行四段活用の動詞「移りゆく」の終止形

その中の人、うつし心あらんや。
その中にいる人は、生きた心地がするだろうか。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・中 … 名詞
・の … 格助詞
・人 … 名詞
・うつし心 … 名詞
○うつし心 … しっかりした意識
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ん … 推量の助動詞「ん」の終止形
・や … 係助詞・反語

あるいは煙にむせびて倒れ臥し、あるいは炎にまぐれてたちまちに死ぬ。
ある人は煙にむせんで倒れ伏し、ある人は炎に目がくらんですぐさま死ぬ。
・あるいは … 連語
○ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
○い … 副助詞(古代)
○は … 係助詞
・煙 … 名詞
・に … 格助詞
・むせび … バ行四段活用の動詞「むせぶ」の連用形
・て … 接続助詞
・倒れ臥(ふ)し … サ行四段活用の動詞「倒れ臥す」の連用形
・あるいは … 連語
・炎 … 名詞
・に … 格助詞
・まぐれ … ラ行下二段活用の動詞「まぐる」の連用形
○まぐる … 目がくらむ
・て … 接続助詞
・たちまちに … 副詞
・死ぬ … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の終止形

あるいは身一つ、からうじて逃るるも、資材を取り出づるに及ばず。
ある人は自分の体だけで、やっとのことで逃げ出すが、家財を取り出すことはできない。
・あるいは … 連語
・身 … 名詞
・一つ … 名詞
・からうじて … 副詞
・逃るる … ラ行下二段活用の動詞「逃る」の連体形
・も … 接続助詞
・資材 … 名詞
・を … 格助詞
・取り出づる … ダ行下二段活用の動詞「取り出づ」の連体形
・に … 格助詞
・及ば … バ行四段活用の動詞「及ぶ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
○に及ばず … ~できない

七珍万宝さながら灰塵となりにき。
あらゆる貴重な宝物はすっかり灰や燃えがらになってしまった。
・七珍万宝(しつちんまんぽう) … 名詞
○七珍万宝 … あらゆる貴重な宝物
・さながら … 副詞
さながら … ことごとく
・灰塵(かいじん) … 名詞
○灰塵 … 灰や燃えがら
・と … 格助詞
・なり … ラ行四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・き … 過去の助動詞「き」の終止形

その費え、いくそばくぞ。
その損害は、どれほどだろうか。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・費(つい)え … 名詞
○費え … 損害
・いくそばく … 副詞
○いくそばく … どれくらい多く
・ぞ … 終助詞

そのたび、公卿の家十六焼けたり。
その時、公卿の屋敷は十六焼けた。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・たび … 名詞
・公卿(くぎよう) … 名詞
・の … 格助詞
・家 … 名詞
・十六 … 名詞
・焼け … カ行下二段活用の動詞「焼く」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の終止形

ましてそのほか、数へ知るに及ばず。
ましてその他は、数えて知ることもできない。
・まして … 副詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・ほか … 名詞
・数へ … ハ行下二段活用の動詞「数ふ」の連用形
・知る … ラ行四段活用の動詞「」の連体形
・に … 格助詞
・及ば … バ行四段活用の動詞「及ぶ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

すべて都のうち、三分が一に及べりとぞ。
全体で、都のうちの三分の一に及んだということだ。
・すべて … 
・都 … 名詞
・の … 格助詞
・うち … 名詞
・三分が一 … 名詞
・に … 格助詞
・及べ … バ行四段活用の動詞「及ぶ」の命令形
・り … 完了の助動詞「り」の終止形
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞
○とぞ … ~ということだ

男女死ぬる者数十人、馬・牛のたぐひ辺際を知らず。
男女の死んだ者は数十人、牛や馬の類はどれほどかわからない。
・男女(なんによ) … 名詞
・死ぬる … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の連体形
・者 … 名詞
・数十人 … 名詞
・馬 … 名詞
・牛 … 名詞
・の … 格助詞
・たぐひ … 名詞
・辺際(へんさい) … 名詞
○辺際 … 限度
・を … 格助詞
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

人の営み、みなおろかなる中に、
人間のやることは、すべて愚かなものだが、中でも、
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・営み … 名詞
・みな … 副詞
・おろかなる … ナリ活用の形容動詞「おろかなり」の連体形
・中 … 名詞
・に … 格助詞

さしもあやふき京中の家を作るとて、宝を費やし、
これほど危険な都の中に家を作ろうとして、財産を費やし、
・さしも … 副詞
○さしも … あれほど
・あやふき … ク活用の形容詞「あやふし」の連体形
・京中 … 名詞
・の … 格助詞
・家 … 名詞
・を … 格助詞
・作る … ラ行四段活用の動詞「作る」の終止形
・とて … 格助詞
・宝 … 名詞
○宝 … 財産
・を … 格助詞
・費やし … サ行四段活用の動詞「費やす」の連用形

心を悩ますことは、すぐれてあぢきなくぞ侍る。
心を悩ませるのは、とりわけつまらないことでございます。
・心 … 名詞
・を … 格助詞
・悩ます … サ行四段活用の動詞「悩ます」の連体形
・こと … 名詞
・は … 係助詞
・すぐれて … 副詞
○すぐれて … 特に
・あぢきなく … ク活用の形容詞「あぢきなし」の連用形
あぢきなし … 無益である
・ぞ … 係助詞・強調
・侍(はべ)る … ラ行変格活用の動詞「侍り」の連体形(結び)
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 筆者から読者への敬意

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