児の飴食ひたること・沙石集

ある山寺の坊主、慳貪なりけるが、飴を治して、ただ一人食ひけり。
ある山寺の住職で、強欲だった者が、飴を作って、ただ一人だけ食べていた。
・ある … 連体詞
・山寺 … 名詞
・の … 格助詞
・坊主 … 名詞
○坊主 … 寺の住職
・慳貪(けんどん)なり … ナリ活用の形容動詞「慳貪なり」の連用形
○慳貪なり … 欲が深い
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・が … 格助詞
・飴(あめ) … 名詞
・を … 格助詞
・治(じ)し … サ行変格活用の動詞「治す」の連用形
○治す … 作る
・て … 接続助詞
・ただ … 副詞
・一人 … 名詞
・食ひ … ハ行四段活用の動詞「食ふ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

よくしたためて、棚に置き置きしけるを、
十分に管理して、棚にいつも置いていたが、
・よく … 副詞
○よく … 念入りに
・したため … マ行下二段活用の動詞「したたむ」の連用形
したたむ … しっかりと処理する
・て … 接続助詞
・棚 … 名詞
・に … 格助詞
・置き置きし … サ行変格活用の動詞「置き置きす」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 接続助詞

一人ありける小児に食はせずして、
一人いた年少の児には食べさせないで、
・一人 … 名詞
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・小児(こちご) … 名詞
○小児 … 年少の児
・に … 格助詞
・食はせ … サ行下二段活用の動詞「食はす」の未然形
・ず … 打消の助動詞「けり」の連用形
・して … 接続助詞

「これは、人の食ひつれば、死ぬる物ぞ。」と言ひけるを、
「これは、人が食べたならば、死んでしまう物だよ。」と言っていたが、
・これ … 代名詞
・は … 係助詞
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・食ひ … ハ行四段活用の動詞「食ふ」の連用形
・つれ … 完了の助動詞「つ」の已然形
・ば … 接続助詞
・死ぬる … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の連体形
・物 … 名詞
・ぞ … 終助詞
・と … 格助詞
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・を … 接続助詞

この児、あはれ、食はばや、食はばやと思ひけるに、
この児は、ああ、食べたいなあ、食べたいなあと思っていたところ、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・児 … 名詞
・あはれ … 感動詞
あはれ … ああ
・食は … ハ行四段活用の動詞「食ふ」の未然形
・ばや … 終助詞
・食は … ハ行四段活用の動詞「食ふ」の未然形
・ばや … 終助詞・願望
ばや … ~したいなあ
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・に … 接続助詞

坊主他行の暇に、棚より取り下ろしけるほどに、
住職がよそに出かけているすきに、棚から手に持って下ろすうちに、
・坊主 … 名詞
・他行(たぎよう) … 名詞
○他行 … よそへ出かけること
・の … 格助詞
・暇(ひま) … 名詞
 … 時間的なあいだ
・に … 格助詞
・棚 … 名詞
・より … 格助詞
・取り下ろし … サ行四段活用の動詞「取り下ろす」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・ほど … 名詞
ほど … (~している)うち
・に … 格助詞

うちこぼして、小袖にも髪にもつけたりけり。
ちょっとこぼして、普段着にも髪にもつけてしまった。
・うちこぼし … サ行四段活用の動詞「うちこぼす」の連用形
○うち(接頭語) … ちょっと
・て … 接続助詞
・小袖(こそで) … 名詞
○小袖 … 小さな袖の普段着
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・髪 … 名詞
・に … 格助詞
・も … 係助詞
・つけ … カ行下二段活用の動詞「つく」の未然形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

日ごろ、欲しと思ひければ、二、三杯、
常日頃、欲しいと思っていたので、二杯、三杯と、
・日ごろ … 名詞
○日ごろ … いつも
・欲し … シク活用の形容詞「欲し」の終止形
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・二 … 名詞
・三杯 … 名詞

よくよく食ひて、坊主が秘蔵の水瓶を、
十分すぎるほど食べて、住職が大切にしていた水瓶を、
・よくよく … 副詞
○よくよく … はなはだしく
・食ひ … ハ行四段活用の動詞「食ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・坊主 … 名詞
・が … 格助詞
・秘蔵(ひぞう) … 名詞
○秘蔵 … 大切にすること
・の … 格助詞
・水瓶(みずがめ) … 名詞
・を … 格助詞

雨垂りの石に打ち当てて、打ち割りて置きつ。
雨垂れの石に勢いよくぶつけて、割ってしまって置いていた。
・雨垂(あまだ)りの石 … 名詞
○雨垂りの石 … 雨垂れで地面が掘れるのを防ぐ軒先の石
・に … 格助詞
・打ち当て … タ行下二段活用の動詞「打ち当つ」の連用形
○打ち(接頭語) … 勢いよく
・て … 接続助詞
・打ち割り … ラ行四段活用の動詞「打ち割る」の連用形
○打ち(接頭語) … すっかり
・て … 接続助詞
・置き … 行四段活用の動詞「置く」の連用形
・つ … 完了の助動詞「つ」の終止形

坊主帰りたりければ、この児、さめほろと泣く。
住職が帰ってきたところ、この児が、さめざめと泣いている。
・坊主 … 名詞
・帰り … ラ行四段活用の動詞「帰る」の連用形
・たり … 完了の助動詞「たり」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・児 … 名詞
・さめほろと … 副詞
○さめほろと … 涙をしきりに流して静かに
・泣く … カ行四段活用の動詞「泣く」の終止形

「何ごとに泣くぞ。」と問へば、「大事の御水瓶を、
「どのような事で泣いているのか。」と尋ねると、「大切な御水瓶を、
・何ごと … 名詞
・に … 格助詞
・泣く … カ行四段活用の動詞「泣く」の終止形
・ぞ … 終助詞・疑問
・と … 格助詞
・問へ … ハ行四段活用の動詞「問ふ」の終止形
・ば … 接続助詞
・大事 … 名詞
・の … 格助詞
・御水瓶 … 名詞
・を … 格助詞

過ちに打ち割りて候ふ時に、いかなる御勘当かあらんずらんと、
誤って割ってしまいました時に、どんなおしかりがあるのだろうかと、
・過(あやま)ち … 名詞
・に … 格助詞
・打ち割り … ラ行四段活用の動詞「打ち割る」の連用形
・て … 接続助詞
・候(そうろ)ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連体形
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 児から坊主への敬意
・時 … 名詞
・に … 格助詞
・いかなる … ナリ活用の形容動詞「いかなり」の連体形
○いかなる … どのような
・御勘当(ごかんどう) … 名詞
○勘当 … おしかり
・か … 係助詞・疑問
・あら … 行変格活用の動詞「あり」の未然形
・んず … 推量の助動詞「んず」の終止形
・らん … 現在推量の助動詞「らん」の終止形
・と … 格助詞

口惜しくおぼえて、命生きてもよしなしと思ひて、
くやしく思われて、命を永らえても仕方がないと思って、
・口惜しく … シク活用の形容詞「口惜し」の連用形
口惜し … 残念だ
・おぼえ … ヤ行下二段活用の動詞「おぼゆ」の連用形
おぼゆ … (自然に)思われる
・て … 接続助詞
・命 … 名詞
・生き … カ行上二段活用の動詞「生く」の連用形
○生く … 生きながらえる
・て … 接続助詞
・も … 係助詞
・よしなし … ク活用の形容詞「よしなし」の連用形
よしなし … つまらない
・と … 格助詞
・思ひ … ハ行四段活用の動詞「思ふ」の連用形
・て … 接続助詞

『人の食へば、死ぬ。』と仰せられ候ふ物を、一杯食へども死なず、
『人が食べると死ぬ。』とおっしゃられています物を、一杯食べても死にません、
・人 … 名詞
・の … 格助詞
・食へ … ハ行四段活用の動詞「食ふ」の已然形
・ば … 接続助詞
・死ぬ … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の終止形
・と … 格助詞
・仰せ … サ行下二段活用の動詞「仰す」の未然形
仰す … 「言ふ」の尊敬語 ⇒ 児から坊主への敬意
・られ … 尊敬の助動詞「らる」の連用形 ⇒ 児から坊主への敬意
・候ふ … ハ行四段活用の動詞「候ふ」の連体形
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 児から坊主への敬意
・物 … 名詞
・を … 格助詞
・一杯 … 名詞
・食へ … ハ行四段活用の動詞「食ふ」の已然形
・ども … 接続助詞
・死な … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形

二、三杯まで食べて候へども、おほかた死なず。
二杯、三杯と食べましたが、まったく死にません。
・二 … 名詞
・三杯 … 名詞
・まで … 副助詞
・食べ … バ行下二段活用の動詞「食ぶ」の連用形
・て … 接続助詞
・候へ … ハ行四段活用の丁寧の補助動詞「候ふ」の已然形
・ども … 接続助詞
・おほかた … 副詞
おほかた(~打消) … まったく(~ない)
・死な … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

果ては、小袖につけ、髪につけて侍れども、
最後には、普段着につけ、髪につけましたけれども、
・果て … 名詞
○果て … 最後
・は … 係助詞
・小袖 … 名詞
・に … 格助詞
・つけ … カ行下二段活用の動詞「つける」の連用形
・髪 … 名詞
・に … 格助詞
・つけ … カ行下二段活用の動詞「つける」の連用形
・て … 接続助詞
・侍(はべ)れ … ラ行変格活用の丁寧の補助動詞「侍り」の已然形
侍り … 丁寧の補助動詞 ⇒ 児から坊主への敬意
・ども … 接続助詞

いまだ死に候はず。」とぞ言ひける。
まだ死にません。」と言った。
・いまだ … 副詞
・死に … ナ行変格活用の動詞「死ぬ」の連用形
・候は … ハ行四段活用の丁寧の補助動詞「候ふ」の未然形
候ふ … 丁寧の補助動詞 ⇒ 児から坊主への敬意
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
・と … 格助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・言ひ … ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

飴は食はれて、水瓶は割られぬ。慳貪の坊主、得るところなし。
飴は食べられて、水瓶は割られた。強欲な住職は、何の利益にもならない。
・飴 … 名詞
・は … 係助詞
・食は … ハ行四段活用の動詞「食ふ」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・て … 接続助詞
・水瓶 … 名詞
・は … 係助詞
・割ら … ラ行四段活用の動詞「割る」の未然形
・れ … 受身の助動詞「る」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形
・慳貪 … 名詞
・の … 格助詞
・坊主 … 名詞
・得る … ア行下二段活用の動詞「得」の連体形
・ところ … 名詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形

児の知恵、ゆゆしくこそ。
児の知恵は、たいそうすばらしい。
・児 … 名詞
・の … 格助詞
・知恵 … 名詞
・ゆゆしく … シク活用の形容詞「ゆゆし」の連用形
ゆゆし … すばらしい
・こそ … 係助詞

学問の器量も、無下にはあらじかし。
仏教について学ぶ能力も、それほど劣ってはいないだろうよ。
・学問 … 名詞
○学問 … 仏教について学ぶこと
・の … 格助詞
・器量 … 名詞
○器量 … 能力
・も … 係助詞
・無下(むげ)に … ナリ活用の形容動詞「無下なり」の連用形
無下なり … はなはだしく劣っている
・は … 係助詞
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・じ … 打消推量の助動詞「じ」の終止形
・かし … 終助詞

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