木曽の最後・平家物語5

木曽殿はただ一騎、粟津の松原へ駆けたまふが、
木曽殿はただ一騎で、粟津の松原へ馬を走らせなさるが、
・木曽殿 … 名詞
・は … 係助詞
・ただ … 副詞
・一騎 … 名詞
・粟津(あわづ) … 名詞
・の … 格助詞
・松原 … 名詞
・へ … 格助詞
・駆け … カ行下二段活用の動詞「駆く」の連用形
・たまふ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の連体形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から木曽への敬意
・が … 接続助詞

正月二十一日、入相ばかりのことなるに、薄氷は張つたりけり。
正月二十一日、日が沈む頃のことであるうえに、薄氷が張っていた、
・正月 … 名詞
・二十一日 … 名詞
・入相(いりあい) … 名詞
○入相 … 夕暮れ
・ばかり … 副助詞
・の … 格助詞
・こと … 名詞
・なる … 断定の助動詞「なり」の連体形
・に … 接続助詞
・薄氷(うすごおり) … 名詞
・は … 係助詞
・張つ … ラ行四段活用の動詞「張る」の連用形(音便)
・たり … 存続の助動詞「たり」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

深田ありとも知らずして、
泥の深い田があるとも知らずに、
・深田(ふかた) … 名詞
○深田 … 深くぬかるんでいる田
・あり … ラ行変格活用の動詞「あり」の終止形
・と … 格助詞
・も … 係助詞
・知ら … ラ行四段活用の動詞「知る」の連用形
・ず … 打消の助動詞「ず」の連用形
・して … 接続助詞

馬をざつとうち入れたれば、馬の頭も見えざりけり。
馬をどっと乗り入れたところ、馬の頭も見えなくなった。
・馬 … 名詞
・を … 格助詞
・ざつと … 副詞
・うち入れ … ラ行下二段活用の動詞「うち入る」の連用形
・たれ … 完了の助動詞「たり」の已然形
・ば … 接続助詞
・馬 … 名詞
・の … 格助詞
・頭(かしら) … 名詞
・も … 係助詞
・見え … ヤ行下二段活用の動詞「見ゆ」の未然形
・ざり … 打消の助動詞「ず」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

あふれどもあふれども、打てども打てども働かず。
いくら鐙で馬の腹を蹴っても、いくら鞭で馬を打っても動かない。
・あふれ … ラ行四段活用の動詞「あふる」の已然形
・ども … 接続助詞
・あふれ … ラ行四段活用の動詞「あふる」の已然形
・ども … 接続助詞
・打て … タ行四段活用の動詞「打つ」の已然形
・ども … 接続助詞
・打て … タ行四段活用の動詞「打つ」の已然形
・ども … 接続助詞
・働か … カ行四段活用の動詞「働く」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形

今井が行方のおぼつかなさに、振り仰ぎたまへる内甲を、
今井の行方が気がかりで、顔を上に向けなさった甲の内側を、
・今井 … 名詞
・が … 格助詞
・行方 … 名詞
・の … 格助詞
・おぼつかなさ … 名詞
おぼつかなし … 気がかりである
・に … 格助詞
・振り仰ぎ … ガ行四段活用の動詞「振り仰ぐ」の連用形
・たまへ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の命令形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から木曽への敬意
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・内甲(うちかぶと) … 名詞
○内甲 … 甲の内側
・を … 格助詞

三浦の石田次郎為久、追つかかつて、よつぴいてひやうふつと射る。
三浦の石田次郎為久が、追いついて、弓をよく引いてひょうぶすっと射る。
・三浦 … 名詞
・の … 格助詞
・石田次郎為久(いしだのじろうためひさ) … 名詞
・追つかかつ … ラ行四段活用の動詞「追ひかかる」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・よつぴい … カ行四段活用の動詞「よつぴく」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・ひやうふつと … 副詞
・射る … ヤ行上一段活用の動詞「射る」の終止形

痛手なれば、真向を馬の頭に当ててうつぶしたまへるところに、
深い傷なので、甲の正面を馬の頭に当ててうつ伏されたところに、
・痛手 … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ば … 接続助詞
・真向(まつこう) … 名詞
○真向 … 甲の正面
・を … 格助詞
・馬 … 名詞
・の … 格助詞
・頭 … 名詞
・に … 格助詞
・当て … タ行下二段活用の動詞「当つ」の連用形
・て … 接続助詞
・うつぶし … サ行四段活用の動詞「うつぶす」の連用形
・たまへ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の命令形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から木曽への敬意
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・ところ … 名詞
・に … 格助詞

石田が郎等二人落ち合うて、つひに木曽殿の首をば取つてんげり。
石田の家来二人が来合わせて、とうとう木曽殿の首を取ってしまった。
・石田 … 名詞
・が … 格助詞
・郎等(ろうどう) … 名詞
・二人(ににん) … 名詞
・落ち合う … ハ行四段活用の動詞「落ち合ふ」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・つひに … 副詞
・木曽殿 … 名詞
・の … 格助詞
・首 … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・取つ … ラ行四段活用の動詞「取る」の連用形(音便)
○てんげり ⇒ 「てけり」の変化した形
・て … 完了の助動詞「つ」の連用形
・けり … 過去の助動詞「けり」の終止形

太刀の先に貫き、高くさし上げ、大音声をあげて、
太刀の先に貫き、高く差し上げ、大声をあげて、
・太刀 … 名詞
・の … 格助詞
・先 … 名詞
・に … 格助詞
・貫き … カ行四段活用の動詞「貫く」の連用形
・高く … ク活用の形容詞「高し」の連用形
・さし上げ … ガ行下二段活用の動詞「さし上ぐ」の連用形
・大音声(だいおんじよう) … 名詞
・を … 格助詞
・あげ … ガ行下二段活用の動詞「あぐ」の連用形
・て … 接続助詞

「この日ごろ日本国に聞こえさせたまひつる木曽殿をば、
「近頃日本国に知れ渡りなさっていた木曽殿を、
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・日ごろ … 名詞
・日本国(につぽんごく) … 名詞
・に … 格助詞
・聞こえ … ヤ行下二段活用の動詞「聞こゆ」の未然形
させ … 尊敬の助動詞「さす」の連用形 ⇒ 石田から木曽への敬意
・たまひ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の連用形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 石田から木曽への敬意
・つる … 完了の助動詞「つ」の連体形
・木曽殿 … 名詞
・を … 格助詞
・ば … 係助詞

三浦の石田次郎為久が討ち奉つたるぞや。」と
三浦の石田次郎為久が討ち取り申し上げたぞ。」と
・三浦 … 名詞
・の … 格助詞
・石田次郎為久 … 名詞
・が … 格助詞
・討ち … タ行四段活用の動詞「討つ」の連用形
・奉つ … ラ行四段活用の動詞「奉る」の連用形(音便)
奉る … 謙譲の補助動詞 ⇒ 石田から木曽への敬意
・たる … 完了の助動詞「たり」の連体形
・ぞ … 終助詞
・や … 間投助詞
・と … 格助詞

名のりければ、今井四郎、いくさしけるが、これを聞き、
名のったので、今井四郎は、戦っていたが、これを聞いて、
・名のり … ラ行四段活用の動詞「名のる」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・今井四郎 … 名詞
・いくさ … 名詞
・し … サ行変格活用の動詞「す」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形
・が … 接続助詞
・これ … 代名詞
・を … 格助詞
・聞き … カ行四段活用の動詞「聞く」の連用形

「今は誰をかばはんとてか、いくさをもすべき。
「今となっては誰をかばおうとして、いくさをしようか。
・今 … 名詞
・は … 係助詞
・誰(たれ) … 代名詞
・を … 格助詞
・かばは … ハ行四段活用の動詞「かばふ」の未然形
・ん … 意志の助動詞「ん」の終止形
・とて … 格助詞
・か … 係助詞・反語
・いくさ … 名詞
・を … 格助詞
・も … 係助詞
・す … サ行変格活用の動詞「す」の終止形
・べき … 当然の助動詞「べし」の連体形(結び)

これを見たまへ、東国の殿ばら、
これをご覧なされ、東国のかたがた、
・これ … 代名詞
・を … 格助詞
・見 … マ行上一段活用の動詞「見る」の連用形
・たまへ … ハ行四段活用の動詞「たまふ」の命令形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 石田から武者たちへの敬意
・東国 … 名詞
・の … 格助詞
・殿ばら … 名詞

日本一の剛の者の自害する手本。」とて、太刀の先を口に含み、
日本一の勇猛な者の自害する手本よ。」と言って、太刀の先を口にくわえ、
・日本一 … 名詞
・の … 格助詞
・剛(こう) … 名詞
・の … 格助詞
・者 … 名詞
○剛の者 … 武勇の優れた者
・の … 格助詞
・自害する … サ行変格活用の動詞「自害す」の連体形
・手本 … 名詞
・とて … 格助詞
・太刀 … 名詞
・の … 格助詞
・先 … 名詞
・を … 格助詞
・口 … 名詞
・に … 格助詞
・含み … マ行四段活用の動詞「含む」の連用形

馬より逆さまに飛び落ち、貫かつてぞ失せにける。
馬から逆さまに飛び落ち、太刀が突き通って死んでしまった。
・馬 … 名詞
・より … 格助詞
・逆さまに … ナリ活用の形容動詞「逆さまなり」の連用形
・飛び落ち … タ行上二段活用の動詞「飛び落つ」の連用形
・貫かつ … ラ行四段活用の動詞「貫かる」の連用形(音便)
・て … 接続助詞
・ぞ … 係助詞・強調
・失せ … サ行下二段活用の動詞「失す」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・ける … 過去の助動詞「けり」の連体形(結び)

さてこそ粟津のいくさはなかりけれ。
こうして粟津の合戦はなかったのである。
・さて … 副詞
・こそ … 係助詞・強調
・粟津 … 名詞
・の … 格助詞
・いくさ … 名詞
・は … 係助詞
・なかり … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形(結び)