三輪の山伝説・俊頼髄脳

  恋しくはとぶらひ来ませちはやぶる三輪の山もと杉立てる門
  恋しいならば訪ねていらっしゃい。荒々しい三輪山のふもとに杉の木の立っている門があります。
  ・恋しく … シク活用の形容詞「恋し」の連用形
  ・は … 係助詞
  ・とぶらひ来 … カ行変格活用の動詞「とぶらひ来」の連用形
  ・ませ … 四段活用の動詞「ます」の命令形
  ・ます … 尊敬の補助動詞 ⇒ 三輪明神から住吉明神への敬意
  ・ちはやぶる … 上二段活用の動詞「ちはやぶ」の連体形
  ・三輪 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・山もと … 名詞
  ・杉 … 名詞
  ・立て … 四段活用の動詞「立つ」の命令形
  ・る … 存続の助動詞「り」の連体形
  ・門 … 名詞

これは、三輪の明神の、住吉の明神に奉りたまへる歌とぞ、言ひ伝へたる。
これは、三輪の明神が、住吉の明神に差し上げなさった歌と、言い伝えてある。
・これ … 代名詞
・は … 係助詞
・三輪の明神 … 名詞
・の … 格助詞
・住吉の明神 … 名詞
・に … 格助詞
・奉り … 四段活用の動詞「奉る」の連用形
奉る … 「与ふ」の謙譲語 ⇒ 筆者から住吉明神への敬意
・たまへ … 四段活用の動詞「たまふ」の命令形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 筆者から三輪明神への敬意
・る … 完了の助動詞「り」の連体形
・歌 … 名詞
・と … 格助詞
 … 係助詞・強調
・言ひ … 四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・伝へ … 下二段活用の動詞「伝ふ」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形(結び)

  わが宿の松はしるしもなかりけり杉むらならば訪ね来なまし
  私の住居の松は目印にならなかったなあ。杉林だったらきっと訪ねて来ただろうに。
  ・わ … 代名詞
  ・が … 格助詞
  ・宿 … 名詞
  ・の … 格助詞
  ・松 … 名詞
  ・は … 係助詞
  ・しるし … 名詞
  ・も … 係助詞
  ・なかり … ク活用の形容詞「なし」の連用形
  ・けり … 詠嘆の助動詞「けり」の終止形
  ・杉むら … 名詞
  ・なら … 断定の助動詞「なり」の未然形
  ・ば … 接続助詞
  ・訪ね … 下二段活用の動詞「訪ぬ」の連用形
  ・来(き) … カ行変格活用の動詞「来」の連用形
  ・な … 強意の助動詞「ぬ」の未然形
  ・まし … 反実仮想の助動詞「まし」の終止形

杉をしるしにて、三輪の山を訪ぬとよむも、みなゆゑあるべし。
杉を目印にして、三輪の山を訪ねると詠むのも、およそ由来があるに違いない。
・杉 … 名詞
・を … 格助詞
・しるし … 名詞
・にて … 格助詞
・三輪の山 … 名詞
・を … 格助詞
・訪ぬ … 下二段活用の動詞「訪ぬ」の終止形
・と … 格助詞
・よむ … 四段活用の動詞「よむ」の連体形
・も … 係助詞
・みな … 副詞
・ゆゑ … 名詞
・ある … ラ行変格活用の動詞「あり」の連体形
・べし … 推量の助動詞「べし」の終止形

昔、大和の国に、男・女あひ住みて、年来になりにけれど、
昔、大和の国に、男と女が一緒に住んで、何年にもなったけれども、
・昔 … 名詞
・大和の国 … 名詞
・に … 格助詞
・男 … 名詞
・女 … 名詞
・あひ住み … 四段活用の動詞「あひ住む」の連用形
・て … 接続助詞
・年来 … 名詞
・に … 格助詞
・なり … 四段活用の動詞「なる」の連用形
・に … 完了の助動詞「ぬ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ど … 接続助詞

昼とどまりて見ることなかりければ、女の怨みて、
日中、家にいるのを見ることがなかったので、女は怨んで、
・昼 … 名詞
・とどまり … 四段活用の動詞「とどまる」の連用形
・て … 接続助詞
・見る … 上一段活用の動詞「見る」の連体形
・こと … 名詞
・なかり … ク活用の形容詞「なし」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞
・女 … 名詞
・の … 格助詞
・怨み … 上二段活用の動詞「怨む」の連用形
・て … 接続助詞

「年来の仲なれど、いまだかたちを見ることなし。」と恨みければ、
「長い年月の二人の関係だが、まだ顔かたちを見たことがない。」と恨みごとを述べたところ、
・年来 … 名詞
・の … 格助詞
・仲 … 名詞
・なれ … 断定の助動詞「なり」の已然形
・ど … 接続助詞
・いまだ … 
・かたち … 名詞
・を … 格助詞
・見る … 上一段活用の動詞「見る」の連体形
・こと … 名詞
・なし … ク活用の形容詞「なし」の終止形
・と … 格助詞
・怨み … 上二段活用の動詞「怨む」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

男、「恨むるところ道理なり。
男が、「恨みに思うのはもっともだ。
・男 … 名詞
・恨むる … 上二段活用の動詞「恨む」の連体形
・ところ … 名詞
・道理なり … 形容動詞「道理なり」の終止形

ただし、わがかたち見ては、さだめて怖ぢ恐れむが、いかに。」と言ひければ、
しかし、私の顔かたちを見たら、きっと怖がり恐れるだろうが、どのように。」と言ったところ、
・ただし … 接続詞
・わ … 代名詞
・が … 格助詞
・かたち … 名詞
・見 … 上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
・は … 係助詞
・さだめて … 副詞
・怖ぢ恐れ … 下二段活用の動詞「怖ぢ恐る」の未然形
・む … 推量の助動詞「む」の連体形
・が … 接続助詞
・いかに … 副詞
・と … 格助詞
・言ひ … 四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・けれ … 過去の助動詞「けり」の已然形
・ば … 接続助詞

「この仲らひ、年を数へむはいくそばくぞ。
「この関係は、年月を数えれば、どれくらい長いことか。
・こ … 代名詞
・の … 格助詞
・仲らひ … 名詞
・年 … 名詞
・を … 格助詞
・数へ … 下二段活用の動詞「数ふ」の未然形
・む … 仮定の助動詞「む」の連体形
・は … 係助詞
・いくそばく … 副詞
・ぞ … 係助詞

たとひそのかたちみにくしといふとも、ただ見えたまへ。」と言へば、
たとえその顔かたちが醜悪であっても、ただ見せてください。」と言うので、
・たとひ … 副詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・かたち … 名詞
・みにくし … ク活用の形容詞「みにくし」の終止形
・と … 格助詞
・いふ … 四段活用の動詞「いふ」の終止形
・とも … 接続助詞
・見え … 下二段活用の動詞「見ゆ」の連用形
・たまへ … 四段活用の動詞「たまふ」の命令形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 女から男への敬意
・と … 格助詞
・言へ … 四段活用の動詞「言ふ」の已然形
・ば … 接続助詞

「しかなり。さらば、その御匣の中にをらむ。一人開きたまへ。」と言ひて帰りぬ。
「そうですね。それならば、そのお化粧箱の中におりましょう。一人で開けてください。」と言って帰った。
・しか … 副詞
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
・さらば … 接続詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・御匣 … 名詞
・の … 格助詞
・中 … 名詞
・に … 格助詞
・をら … ラ行変格活用の動詞「をり」の未然形
・む … 意志の助動詞「む」の終止形
・一人 … 名詞
・開き … 四段活用の動詞「開く」の連用形
・たまへ … 四段活用の動詞「たまふ」の命令形
たまふ … 尊敬の補助動詞 ⇒ 男から女への敬意
・と … 格助詞
・言ひ … 四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・帰り … 四段活用の動詞「帰る」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

いつしか開けて見れば、蛇、わだかまりて見ゆ。
さっそく開けて見ると、蛇が、とぐろを巻いているのが見えた。
・いつしか … 副詞
・開け … 下二段活用の動詞「開く」の連用形
・て … 接続助詞
・見れ … 上一段活用の動詞「見る」の已然形
・ば … 接続助詞
・蛇 … 名詞
・わだかまり … 四段活用の動詞「わだかまる」連用
・て … 接続助詞
・見ゆ … 下二段活用の動詞「見ゆ」の終止形

驚き思ひて、ふたを覆ひて、退きぬ。
びっくりして、ふたをかぶせて、後ろに下がった。
・驚き思ひ … 四段活用の動詞「驚き思ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・覆ひ … 四段活用の動詞「覆ふ」の連用形
・て … 接続助詞
・退き … 四段活用の動詞「退く」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

その夜、また来たりて、「われを見て、驚き思へり。まことに道理なり。
その夜、またやって来て、「私を見て、びっくりしていた。まったく当然のことだ。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・夜 … 名詞
・また … 副詞
・来たり … 四段活用の動詞「来たる」の連用形
・て … 接続助詞
・われ … 代名詞
・を … 格助詞
・見 … 上一段活用の動詞「見る」の連用形
・て … 接続助詞
・驚き思へ … 四段活用の動詞「驚き思ふ」の命令形
・り … 完了の助動詞「り」の終止形
・まことに … 副詞
・道理なり … 形容動詞「道理なり」の終止形

われもまた来たらむこと、恥なきにあらず。」と言ひ、契りて、泣く泣く別れ去りぬ。
私も再びやって来ることを、恥ずかしく思わないわけではない。」と言い、情を交わして、泣く泣く別れ去った。
・われ … 代名詞
・も … 係助詞
・また … 副詞
・来たら … 四段活用の動詞「来たる」の未然形
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・こと … 名詞
・恥なき … ク活用の形容詞「恥なし」の連体形
・に … 断定の助動詞「なり」の連用形
・あら … ラ行変格活用の動詞「あり」の未然形
・ず … 打消の助動詞「ず」の終止形
・と … 格助詞
・言ひ … 四段活用の動詞「言ふ」の連用形
・契り … 四段活用の動詞「契る」の連用形
・て … 接続助詞
・泣く泣く … 副詞
・別れ去り … 四段活用の動詞「別れ去る」の連用形
・ぬ … 完了の助動詞「ぬ」の終止形

女、うとましながら、恋しからむことを嘆き思ひて、
女は、気味が悪いのに、心が強くひきつけられることを悲しく思って、
・女 … 名詞
・うとまし … シク活用の形容詞「うとまし」の終止形
・ながら … 接続助詞
・恋しから … シク活用の形容詞「恋し」の未然形
・む … 婉曲の助動詞「む」の連体形
・こと … 名詞
・を … 格助詞
・嘆き思ひ … 四段活用の動詞「嘆き思ふ」の連用形
・て … 接続助詞

麻の巻き集めたるをば綜麻といへり、その綜麻に針をつけて、その針を狩衣のしりに刺しつ。
麻糸を巻き集めたものを綜麻といっているが、その綜麻に針をつけて、その針を狩衣のすそに刺した。
・麻 … 名詞
・の … 格助詞
・巻き集め … 下二段活用の動詞「巻き集む」の連用形
・たる … 存続の助動詞「たり」の連体形
・を … 格助詞
・ば … 係助詞
・綜麻 … 名詞
・と … 格助詞
・いへ … 四段活用の動詞「いふ」の命令形
・り … 存続の助動詞「り」の連用形
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・綜麻 … 名詞
・に … 格助詞
・針 … 名詞
・を … 格助詞
・つけ … 下二段活用の動詞「つく」の連用形
・て … 接続助詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・針 … 名詞
・を … 格助詞
・狩衣 … 名詞
・の … 格助詞
・しり … 名詞
・に … 格助詞
・刺し … 四段活用の動詞「刺す」の連用形
・つ … 完了の助動詞「つ」の終止形

夜明けぬれば、その麻をしるべにて訪ね行きて見れば、三輪の明神の御神庫のうちに入れり。
夜が明けたので、その麻を目印にして探し求めて行って見ると、三輪の明神の御神殿の中に入っていた。
・夜 … 名詞
・明け … 下二段活用の動詞「明く」の連用形
・ぬれ … 完了の助動詞「ぬ」の已然形
・ば … 接続助詞
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・麻 … 名詞
・を … 格助詞
・しるべ … 名詞
・にて … 格助詞
・訪ね行き … 四段活用の動詞「訪ね行く」の連用形
・て … 接続助詞
・見れ … 上一段活用の動詞「見る」の已然形
・ば … 接続助詞
・三輪の明神 … 名詞
・の … 格助詞
・御神庫 … 名詞
・の … 格助詞
・うち … 名詞
・に … 格助詞
・入れ … 四段活用の動詞「入る」の命令形
・り … 存続の助動詞「り」の終止形

その麻の残りの、三わげ残りたれば、みわの山とはいふなりといへり。
その麻糸の残りが、三巻き残っていたので、三輪の山というのだと言い伝えている。
・そ … 代名詞
・の … 格助詞
・麻 … 名詞
・の … 格助詞
・残り … 名詞
・の … 格助詞
・三わげ … 名詞
・残り … 四段活用の動詞「残る」の連用形
・たれ … 存続の助動詞「たり」の已然形
・ば … 接続助詞
・みわの山 … 名詞
・と … 格助詞
・は … 係助詞
・いふ … 四段活用の動詞「いふ」の連体形
・なり … 断定の助動詞「なり」の終止形
・と … 格助詞
・いへ … 四段活用の動詞「いふ」の命令形
・り … 存続の助動詞「り」の終止形